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第十二話「どくどく」~囚われの呪術師探偵~
始まりの記憶ははっきりしてる。
あれは小学校三年生の、初夏。じりじりと暑い日のことだった。
たまたま掃除当番で通りかかったグラウンドの隅の体育用具倉庫の陰で、俺は偶然見てしまった。クラスメートの女の子が、同じクラスの女子達三人に、いじめられているのを。
囲まれてプレハブの壁に押さえつけられた彼女は、何やら言いがかりのようなことでなじられながら、ペットボトルに入れた砂色の濁った水を無理やり飲まされていた。泥水だった。よくある陰湿ないじめだ。彼女は終始咳き込んで、泥水を吐き出しながら苦しそうに嗚咽していた。
俺は、最後まで助けることが出来なかった。
その場に立ちすくんで――じっと彼女の一挙一動に見とれていた。目が離せなかった。胸の奥が暴れ出しそうな程、どくどくした。きっとこれが恋なんだと思った。
中学生に上がった時に、彼女と同じクラスになった。
席も近くなって順調に仲良くなれた。
なのに――どうしてなのか。その女の子には何の魅力も感じなかった。付き合わないかという話が出てきた時も、ピンと来なかった。
やがて俺は、気付いてしまった。
別に――彼女のことが好きだったんじゃない。泥水を飲ませるというあの行為自体に、魅入られていたんだということに。
別に彼女じゃなくてもよかった。
誰かに。俺も、同じように。
俺の手で口に入れちゃいけない『異物』を心ゆくまで与えてみたい。
そんな欲求が心の奥に着実に根を張っていった。
数多町七十刈探偵舎
第十二話『どくどく』
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