第十二話「どくどく」~囚われの呪術師探偵~

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「……ひゅ、……ぜ、……」 「あはっ。川の浅瀬にこういう生き物いるよね。なんかヌメっとしたやつ。気色悪ぃの。ほら、もっと味わって飲めよ? 貴重なとっておきなんだから」  ひとしきり『オカワリ』を与えてやっていたら、バケツの水はもう半分ほどに減っていた。探偵は汚れた黒い雑巾みたいに床にずぶ濡れで転がったまま、ぐったりしている。押し黙ったまま、ひゅーひゅーと酸素だけ取り込んでいるのが滑稽だ。  気分が良くなったので、気前よく残ったバケツの水をざばざば顔の上から注いでやった。鼻と口に水が入り込んで、またごぶっと咳き込む。そろそろ新しいの汲みに行かなきゃな。  空になった金属バケツを手に俺が立ち上がろうとした時。 「……」 「は、何? ジャクシャ?」  奴が、途切れ途切れに口を開いた。 「――。  薬物犯罪の俗称です。……女性や老人、青少年、体格や力に自信の無い人物、総じて社会的弱者、とされている犯人が多い。傾向ですがね。……貴方もそう。被害者達は皆、僕も含めて貴方より体格の小さな相手ばかりでした。大きな相手を狙うのを避けていたのでしょう。  薬は何より――他者を殺めている感覚が希薄、なんですよ。飲ませさえすれば、いつの間にか事切れてくれる。見届けなくていい。背負わなくていい。手軽なんだ」  身を起こしずるり、ずるりと這いずりながらこちらへ近づいてくる。既に結構な量の『呪液(じゅえき)』を取り込んでいるはずだ。まだ動けるのか。 「貴方。……僕のことを突き飛ばしたり水に漬けたりはしましたが、直接にきませんでしたね。  ……本当は怖いのでしょう。血肉の感触が。その手で命を奪う(なま)の感触が。どこまでも独善的な理由で、他者を侵したがっているくせに」  何様だこいつ。誰に向かって妄言吐きやがる。 「出来るんですか? 命のやりとり。僕を手にかけてみなさいな、直接。出来るものなら」  言いたい事はそれだけか。 「――な、ですよ。貴方」  俺の中でブツリと何かが切れた。  もういいや。こいつ――殺そう。
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