第十二話「どくどく」~囚われの呪術師探偵~

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「黙れ、黙れ……っ、黙れよ死に損ない!」  力任せに薄っぺらい腹を蹴りつける。二度、三度。奴は声ひとつ上げない。勢いにまかせて体を蹴り転がすと、上から馬乗りになって床に押さえつけた。頭を引っ掴んで地面に叩きつける。鈍い音が響く。 「強がりか? 痛くないのかよ、なぁ。痛いんだろ? 弱者はどっちだよ、お前だろ? あァ!?」 「ッ、……手ぬるい、ですよ。経験上、この程度では、命までは()れません――は、もっと容赦なく。貴方、向いていないのでは?」 「――馬鹿にすんな! その口閉ざせよクソが!!」 「……ッ、生憎、今は口しか、動かせませんから。命ある限り喋り続けます、よ……。黙らせたければ、お得意のでも使ってみては? ……さぁ」  ――ヤケクソか? こんな状況でもまだ挑発してくる。口を閉ざすどころか、当て付けみたいにわざとらしく、はくりと口を開いて。 「?」 「――ッ!」  そうとも。俺には――無敵の『呪液(じゅえき)』があるんだ。  髪を引っ掴んでむかつく顔面をこちらに向かせると、『呪液(じゅえき)』の原液入りの硝子瓶を思い切り口の中に突っ込む。探偵の歯にぶつかるのも無視し、舌を押し伏せ、瓶を起こして捩じ込む。気道を塞ぎ、喉の奥までどす黒い原液を流し込み嚥下させる。死ね。死ね。死ね。死ね。と唾を飛ばして叫びながら。 「ひひっ……あは、ハハハハッ! はぁーい、致死量――! 致死量決まったァー!!」  空いた瓶を乱暴に打ち捨てる。コンクリートの床の上で硝子が砕け散った。  今まで実験台達で何度も試してきたけど、さすがに原液を直接経口摂取させたことは無かった。あーあ。死んだな! こりゃ確実に死んだ。もう助からない。誰が弱虫だって? 臆病者だって? 俺だって人をダイレクトアタックでブッ殺すくらい出来るんだ。凶器の違いだけだ。もっとマシな態度で従順に過ごしてたら、あと何日かくらいは寿命が延びたかもしんないのにね。ざまあみろ。あーすっきりした。すんげぇ清々しい。 「――……ぅ……が、ぁ……」  間もなく変化が始まるはずだ。  さすがのこいつも口の端から黒い液体を零しながら、あ、が、と声にならない声を上げ呻いている。  腹立った分、余計に楽しみだなぁ。どんな化け物になるかな。元々ちょっと妖怪みたいな不気味な奴だったけど。なんか闇系のじめっとした感じになりそう。元々の素材にもよるよな。こいつに飲ませた『呪液(じゅえき)』に込められていたのは、だったんだろう。 「意識残ってるうちに一応聞いといてやるよ。言い残すことある? 助手君に伝えてあげる。どーせすぐ後追うことになるけど」  びくり、びくりとくの字の姿勢で内臓のあたりを大きくしゃくり上げながら、奴がこちらを睨みつけてくる。 「――気付いて、いますか。あ、なた……、()められ、ました、ね」  この期に及んでそんな強がりを言うのか。  そうやってハッタリかけても、もうどうしようもないんだよ。 「俺が()められた? 誰に? まさかお前に? ハハハハッ。  そんなこと万に一つもありえないね!」 「……違い、ます、よ」  吐息で切れ切れに呻きながら、奴は続ける。 「……貴方の、裏にいる人物。  に、ですよ」
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