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「どういうことだ……?」
俺は多少ながらも動揺した。
何故『あの人』のことを知ってる。
こいつには話していないはずだ。『あの人』や『呪液』のことは。
「……僕が取り込んだもの――液状に変質させた呪念、ですね」
そうだ。誰かの憎しみや殺意を、液体状に加工したものだって『あの人』は言ってた。素材や製造方法までは知らない。
「呪いには、因果がある。人の強い念から生まれ、必ず『対象』が存在します。相手が憎い。苦しめたい。殺してしまいたい。その思いの結実こそが、呪。
しかし……この液体は、『対象』へ向かう推進力を取り外され、無差別に害をなす物質へと作り変えられています。自然物のように質量まである。並大抵の術ではありません。呪詛の性質を知り尽くした上で、その常識を叩き壊すような悪魔じみた高等技術です。
これが何なのかも知らない貴方だけで、到底用意できる筈がない」
さっきから、こいつは何が言いたいんだ。
初めて会った時の『あの人』の極彩色のパーカー姿を思い出す。そのへんにいる普通の胡散臭い青年って感じの雰囲気だった。あの人に、俺が騙されてるとでも言うのか。あの人は俺の才能も嗜好も認めてくれて、手助けをしてくれたんだ。そんなはずがない。こんな死にかけの言うことなんか信じない。
「しかし、呪の核となる念そのものはまだそのまま生きているんですよ。
水がざわめいていたんです。全ての断片を飲み干した時――はっきりと聞こえてきました。僕の中で、どくどくと脈打ち、暴れながらね。浦部さん――貴方が憎い、許さないと訴え続けている悲痛な呪念の声が。
この液体は――少なくとも、今僕の中で蠢いているものは――貴方が捕らえて命を奪ってきた方々の、恨みの念を用いて作られているのですよ。つまり――この薬を投与されて異形の体を持った者は――彼らの無念と恨みを果たすべく、真っ先に目の前の貴方を襲います。貴方は初めから消される予定だった」
どういうことだ。
この『呪液』が――俺が殺してきた被害者達の、恨みの念から作られているって? そんな馬鹿な。ありえない。だってあの人は、俺の才能を見出してくれて――手を貸してくれて。それで。
「なんで! そんなことない! あの人がそんな――!」
遠くのほうで唸り声みたいなサイレンの音が聞こえる。得体の知れない恐ろしい何かが迫ってくる予感に背筋がざわざわする。頭の中で高らかに警鐘が鳴り響く。何故だ。目の前のこいつは後ろ手に縛られて転がっている。脅威でも何でもないはずだ。それなのに、何故。俺は震えている?
待て。おかしい。何だかとても気持ち悪い。何だこの感触は。
違和感が止まらない。
「ようやくすべて揃いました」
こいつ、元気に喋りすぎじゃないのか。
黒づくめの探偵は器用にその場で膝立ちになると、俺のほうをきっ、と見据えた。瞳の奥が、小学校の時の理科の実験で見た緑色の炎みたいに燃えていた。
「――お返しします」
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