第十二話「どくどく」~囚われの呪術師探偵~

18/22
前へ
/318ページ
次へ
 黒づくめの探偵がひゅぅ、と息を吐き出すやいなや。  そいつの口から勢いよく出てきたのは、竜の吐くブレスみたいな漆黒の。俺を中心として黒煙の渦が立ち上り、体があっという間に暗闇に包まれた。ざわざわと落ち着かない暗闇の中で俺は身震いした――形容しがたい巨大な何かに射すくめられているような本能的な危機感。不安感。焦燥感。 「――な、んだよコレ。何なんだよ!」 「……僕という容器(フラスコ)に呪念を集め、中で邪悪な術の戒めから解き放って『気化』しました。液化出来たのですから、固体や気体にだって成り得ます――そこそこ大掛かりな詠唱をしていたのですが、貴方には判らなかったでしょう。バケツの水の中で唱えていましたので」  気化した――『呪液(じゅえき)』だと?  まさか。水に浸けられまくっていたあの状況で、体内で呪いを寄り集めた挙句『あの人』がかけていた術を解いて別の形に作り替えたっていうのか。  冗談だろ。信じられない。  こいつ――!?   「……は、ハハハ。でも、ただの煙だろ。怖くねぇよ!」 「いいえ。ただの煙ではないのは貴方が一番ご存知でしょう」 「あ、――……」  腕に、足に、じっとりとしつこく巻きついてくる。  散らしてやろうと、両手をばたつかせていたら、べちゃり……と俺の腕にぬめぬめしたものが当たった。感触。腫瘍だらけの、肉の塊。全身が細かな人面瘡に覆われた一人目のお姉さんの姿。もうどこが顔かも分からない。忘れもしない。 「――うわ、うわぁぁあああああ!!!!!」  慌てて腕を引っ込めようとしたら、両足を何かが掴んでいた。右足には体中から赤ん坊の手足が生えた小柄な男。しゃかしゃかと全身の手足を動かしている。左足には肉が何倍にも膨れ上がって爛れた小太りの男。二人目と三人目。俺の太腿からふくらはぎに体を擦り付けてくる。 「ヒッ――!!!!」  背中を覆うようにべっとりとアメーバ状の巨大な物体が垂れてくる。四人目。最終的にもはや人の形を留めなかったやつ。  俺が『呪液(じゅえき)』を与えて殺した奴らが。  全身をべたべたと覆い、這いずり回っている。  この光景は、感触は、幻なのか? 現実なのか?  手足男が、俺の上顎と下顎を掴んでこじ開けた。  女が、体の人面瘡をぶちぶちと千切って、俺の口に押し込んでくる。一つ。二つ。三つ。四つ。小さな顔面たちが昏く笑っているのが見えた。さも当然のように割り裂いてきたソレで、喉の奥が詰まる。腫瘍は回転しながら喉を滑り落ち、そのまま内臓に張り付いて我が者顔で根を張った。腹の中でも小さな顔がケタケタと笑っているのが分かる。  やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。  俺を侵食するな。俺の中に入ってくるな。 「先程僕の中でので、彼らが命まで奪うことはありません。が、そうです。今は彼らの望みをそのまま叶えるしか出来ませんが――」  暗闇の切れ間から僅かに見えた――探偵は。  もはや人なんだか何なんだか形容しがたい有り様で。黒衣をはためかせながらいくつもの異形と緑の炎を纏わせ、ボス敵みたいな禍々しさと得体の知れない神々しさを同時に放っていた。幻覚なのか現実なのか。とうとう俺の頭もイカれてしまったのか。ペンとスケッチブックがあったらラフ画に描き留めておきたかった。こんなのは見たことがない。こんなのは知らない。うまく知覚することすら出来ない。訳が分からない。  意識が、正気が、失われていく。  俺は。俺は。俺は。俺は。 「噛みしめろ――己の所業を。永劫に」  
/318ページ

最初のコメントを投稿しよう!

431人が本棚に入れています
本棚に追加