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「ところで、数多町で取材って一体何だったんだい? また何かオカルティックな事件でも追いかけているのかい」
何品か料理をオーダーし、ジョッキごとキンと冷えた小麦色の液体を、ぐびぐびと泡ごと飲み下す。爽やかな炭酸ときりっとした苦味、気持ちの良い喉越しが五臓六腑に沁み渡る。一杯目のビールは格別だね。
八壁君も同じようにビールを美味しそうに呷っている。彼も結構いける口のようだ。
「そりゃあもう、この町で取材と言えば――七十刈探偵舎ですよ!
あっ。これはまだ記事にしていない極秘情報なのでオフレコでお願いしたいんですが――今日また七十刈先生方が大手柄を上げましてね。ビッグ・サクセスですよ! 慌てて駆け付けてしまいました。なんと最近襖野町近辺を賑わせていた『連続行方不明事件』の被疑者と思しき人物の逮捕に貢献したそうなんです」
そのニュースなら私も知っている。
ここから車で三十分程の距離にある襖野町。閑静な住宅地で、年齢も性別もばらばらの男女四人が立て続けに行方不明になっているという奇妙な事件だった。行方不明者達の身許はプライバシー保護の為明かされていないが、住居が近いこと、夜間の帰り道に居なくなっていること以外に特段関連性が見つからず、証拠らしい証拠も掴めていないことから捜査が難航していると少し前にアナウンサーが話していた。
「捕まった男は発狂状態で、とても話が出来る状態ではないようですがね」
「……おや。七十刈探偵舎なら私も先程訪ねてきたばかりだよ。でも、玄関先であっさり追い返されてしまったんだけどねぇ? ちょうど取材中だったのかな」
「あぁそれは――きっと、七十刈先生がダウンしていらっしゃるからでしょうね。私も玄関先までしか入れてもらえませんでしたし、インタビューにも助手の七五三さんが答えてくださったんです。七十刈先生のお話も聞きたかったので、その点は残念ですよ」
「――彼、寝込んでるの?」
まっさきに運ばれてきた梅くらげのわさび和えを一口摘まみながら、私は尋ねた。こりこりとした食感と梅の酸味、わさびの刺激が口の中で混ざり合って絶妙なハーモニーを奏でている。
「えぇ。すっかりグロッキーらしいですよ。七五三さんに聞いた話だと――今回、七十刈先生が被疑者の男にわざと捕まりに行ったらしいんですよ。そいつが怪しいって初めから気付いていらっしゃったんですね。その時に作戦上とはいえ随分手酷いおもてなしを受けたそうでして、お体が回復していないそうなんです。いやぁ見た感じ前衛より後衛タイプとお見受けしていたので、率先どころか捨て身で体を張りに行くとは意外でした」
ジョッキを傾けながら、探偵ってつくづく大変な職業なんですねぇ、と暢気な調子で続ける。
「ほぅ――おもてなし、ねぇ。どんな事を?」
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