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帰り際。猫二匹の入った籠を抱え、先生と影を並べて歩く。ぼくはもやもやをもて余しきれずに、思わず立ち止まった。
「ねえ、先生。あの人って本当に自殺だったんでしょうか。状況証拠からはそう判断されたのかもしれませんが、こう、表情が苦痛に満ちた感じだったというか、何だろう。とにかくそんな感じがしなくて」
納得いかない感情を先生にぶつける。
「そうですね。あれは……自殺ではありません。連れ去られた猫たちは人間に裏切られ、傷つけられた。動物にも、心があります。心があればこそ、誰かを呪い、殺してしまうことだってあります。それが、一匹だけでなく、二匹三匹、もっと多くなったら。人間に対する恨みの感情が、化けものを生み出してしまうこともある。今回は――正にそれでした」
先生は遠くを見据えたまま、続ける。
「猫たちは、きっと飼い主に愛されて、人間にその命を預けてきたはずです。誘拐されて殺されるまでずっとあの暗く冷たい工場跡で助けを待っていたのでしょう。飼い主が助けに来てくれることを信じて、自分はここにいるのだと叫び続けてきた。
でも――助けは来なかった。飼い主たちもきっと必死になって探していたに違いありませんが、想いが届くことはなかった。猫たちの無念と、絶望と、人間への深い恨みが、あのような形となってしまったのでしょう。ですが――」
先生の横顔が夕焼けの影に紛れてしまって、一瞬表情が分からなくなる。先生は、人間側に立っているのだろうか。それとも。
「関係の無い人間――つまり、助けに来た君まで呼び寄せて襲うのは違う。だから、鎮めました」
声だけは聞こえた。一体どんなものだったのだろう。先生が対峙しているものたちが、ぼくにもはっきり視えたなら。もっと助手としてお手伝い出来るのかな。
「……七五三君」
気がついたら、先生の深い翡翠色の瞳が、ぼくを覗き込んでいた。ぼくの心の中まで見透かすような双眸。
「変な気は起こさないで下さいね。君は君なりに懸命に走り回って、猫に繋がる手がかりを発見してくれました。大手柄です」
「先生――」
「それより、ツクモ君のこと、飼い主さんに報告してあげましょう。きっと心配しています」
信用第一の探偵業において、依頼主への迅速な連絡はとても重要だとネットにも書いてあった。いまだに携帯電話の使い方が分からない先生の代わりに、ぼくは慌ててスマホに登録してある依頼主の夫婦の連絡先を呼び出したのだった。
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