430人が本棚に入れています
本棚に追加
「ともあれスリリングな記事が書けそうで良かったですよ。七十刈先生の後を追いかけているとネタが尽きなくて助かりますよ。さながらオカルト・メイカーですねぇ」
涼やかな冷酒の瓶を傾け、互いのお猪口に酒を注ぎ合う。夏らしいさっぱりとした爽やかな味わいの生酒。ちょうど運ばれてきた鯵のなめろうとも相性抜群だ。
「あの子達と行動していると興味深い出来事に次々と出くわすからね。まさに事実は小説より奇なり、というやつだね」
「えぇ。クリエイションの参考にもなりますよ」
おや。その話は初耳だな。
八壁君が反応してほしそうにしているのもあって、私はすかさずその話題に飛びつくことにした。
「創作? 君、何か書いているのかい」
「えぇ。シナリオや小説を少々。実は私――こう見えて、小説家志望なんですよ。文章を書くのが昔から好きでして」
肩を竦めてはにかんで見せた。
私の今までの教え子の中にも、文芸サークルで活動したり、作家になるのを夢見て文学賞に作品を送り続けたりしている子は何人か居た。私自身は創作より研究のほうが性に合っているのでついぞ携わったことが無いけれど、何かを創るのが好きな人というのは世の中に一定数存在しているのかもしれない。
「すごいじゃないか。今も何か書いているのかい?」
「書き始めてはいますよ。まだ記者をしながら、構想を温めている段階ですがね。ジャンルとしてはオカルトです。手前味噌ですが、皆さんがアッと驚くような壮大な作品に仕上がる予定ですよ。正直――仕事が忙しすぎて、合間時間にネタを繰るのが精一杯ですけどねぇ」
「いいねぇ。記者さんだと色々な人にも会えるし、面白そうな怪奇ネタが沢山集まって来そうだね。
あぁそうだ。それなら肩慣らしに、万世君を主人公に据えた実録オカルトものでも書いてみるのはどうだい。『数多町七十刈探偵舎』――なんてタイトルでさ。取材と執筆を兼ねられて一石二鳥じゃないか。さっきみたいに面白おかしく語ってくれるなら、是非読んでみたいよ」
我ながら名案だ。
しかし八壁君は片目を気まずそうに細め、なんだか微妙そうな笑みを浮かべた。
「……いやぁ、それはご勘弁ください」
「おや。どうしてだい?」
「たとえノンフィクションであっても、小説やシナリオのキャラクターって共感出来るかどうかが肝要でしょう。七十刈先生のように何を考えているのか読めないブラックボックスな存在では、感情移入出来ないし読者の支持は得られませんよ。――取材対象としてはこの上なく面白い方ですし、刺激的な記事も書かせて頂いているんですがね」
八壁君の目が、なんとなく据わっている。
仕事モードの時とうってかわって、シリアスな調子だ。
「正直、物語の主人公には最も相応しくないタイプです」
最初のコメントを投稿しよう!