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創作については自分なりのシビアな目線を持っているらしい。
確かに。万世君は静かで、多くを語ろうとしない。表情から読み取れることも少ない。おまけに――この世界の中では間違いなく『異端』側の存在だ。たとえ『地の文』を添えたとしても、大勢の人間の理解が得られることはないだろう。気味悪がられることはあっても。あれはあれで中々味わい深い研究対象だと私は思っているのだけれど。
「あはは。あの子は世間ずれが酷いからねぇ。
じゃあ、周囲の人物の目線で語らせてみるとか。例えば――助手の七五三君を語り手にさせてさ。探偵小説の多くが、ワトソン役視点で描かれているようにね」
「まぁ、そういう手もあるにはあるんですがね――七五三さんって、あのシメ・コーポレーションの御曹司でしょう? 容姿やら家柄やら色々恵まれ過ぎていて共感を呼べるタイプではありませんし、物語のメインキャラとしてはちょっとねぇ」
容姿端麗、家柄良好、成績優秀、料理上手――何拍子も揃った教え子のことを思い返して、つい吹き出しそうになった。確かに、彼の境遇にぴったりと自分の境遇を重ね合わせることが出来る読者はそう多くないに違いない。
「じゃあ、どういう人物が主人公に相応しいと思う?」
「――主人公というものは、人間味に溢れていなくては。
努力家で、不遇な環境で苦労を重ねながら、理不尽な状況を打破して強くなっていくようなドラマティックな存在が一番ですよ。勧善懲悪であっても、ピカレスクであっても――全ての原動力は心です。
心無いキャラクターではどうしたって人の心は掴めませんし、動かせません。心のある人間が読む物語ですからね」
心、ねぇ。
またここでも――心か。
その昔。私達が一緒に住み出したばかりの頃。あれも泣いたり心動かしたりするのか純粋に気になって、合意のもと色々と実験してみたことがあったのを思い出した。あまりにも自分のことを『がらんどうで何もない』と言い張るものだから、本当にその通りなのか、中身を引きずり出して証明してやりたくなったのだ。
結果は、お察しだ。ものの例えだけど、たとえ雑巾絞りにしようが、逆さにして振ろうが、涙の雨は一滴も降りそうにないことはよく解った。うかつに深淵を覗き込んでしまった私のほうが、深淵に覗き返されて泣く羽目になった。都九見の目にも涙だなんて笑えもしないが、虚無はそれさえもあらかた吸い込んで呑み干していった。結局あれの中身についての命題は、まだ結論づけることが出来ていない。今に至るまで。
「“何も無い虚の昏がりか。はたまた――未だに目覚めていないだけなのか”」
「――? 何の話です」
「……いいや、気にしないで。こちらの話だよ」
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