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そろそろ頃合いかな。
私は優しく微笑むと、運ばれてきたばかりの水を彼に勧めた。先程からカウンターの奥から若女将さんが「お連れさん大丈夫かい?」というアイコンタクトを向けてくれているので、小さく頷いてそれに応える。
「志が高いことは良いじゃない。夢を持つことも、実現することも自由さ。在るべき自分、成りたいもの、目指せばいいんじゃない? 一歩一歩着実にやれることをやって、ね。人生一度きりの航海なんだから、やらない後悔よりやる後悔さ」
ぽんぽんと肩を叩いて励ます。
散々人様の領域をほじくり返して、根掘り葉掘り聞き出したのはこの私だ。彼の夢が叶うかどうかは分からないけれど。折角面白い話を聞かせてくれたのだから、せめて夢を目指す若者の背中を気持ちよく押してあげたい。
「くふふ。そう言って頂けると勇気が出ますよ。
……不思議ですねぇ。都九見先生にはつい本音が出てしまうなぁ。頼れる年上の方と話していると、お世話になった昔の恩師を思い出すのかもしれません。つい気が緩んでしまってお恥ずかしい」
恥ずかしそうにぽりぽりと頭を搔いている。
普段はすっかり大人っぽい業界人の顔をしている彼だけれど、こういうふとした時の仕草には、少年のあどけなさがまだ残っているような感じがした。アンバランスさが少し万世君のそれに似ている。
「恩師? 学校の先生か何かかい」
「……似たようなものです。もうこの世にはいらっしゃらない方なんですが。――おっと、湿っぽい話はいけませんね」
「気にすることはないさ。生きていれば誰だって色々あるでしょう。聞いたのはこちらだしね。私のような者でよければいつだって相談に乗るから、また言っておくれよ。お酒の会なら大歓迎さ。勿論、オカルト話もね」
言いながらウインクして見せる。
赤くなった顔をこちらに向けながら、彼はへにゃりと歪に笑った。
「どうも――はは、持つべきものは人生の先達ですねぇ」
「あっはっは。そんなに変わらないじゃない」
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