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お会計を済ませ、店を後にする。
すっかり悪酔いしてその場に座り込んだ八壁君に、自販機で買ったペットボトルのミネラルウォーターを差し出した。
「水分、ちゃんと摂らないと駄目だよ。歩ける?」
「っぷ……大丈夫です、自力で帰れますから」
という自己申告を信じ、やってきた送迎のタクシーに彼を自宅まで送るよう伝え、そのままひらひらと手を振って見送った。ちっとも酔いが回らないこの体質が災いしてしまったらしい。前もって注意喚起を念入りに伝えていても、全く酔わない上にペースが早い私とサシで呑んでいると、ついつい自分の酒量を量れなくなって潰れてしまう相手が少なくないのだ。中には張り合って自ら挑んでくる猛者もいるけれど。
そういえば将来の夢以外に、八壁君のプライベートのことを殆ど聞かなかったな。また遅かれ早かれ呑むことになりそうだし、機会があったら聞いてみることにしよう。
時計の針は午後十時を回っている。
最後はともあれ。今日も良いことをしたなぁと自分で自分を労いながら、商店街のまばらな灯に浮かされるように夜空を見上げる。暗い夜の天蓋はひるがえる漆黒の装束を髣髴とさせる。ふと思い立った私は、スマートフォンの電話帳を開くと『な行』のページを呼び出した。親指を滑らせ、かの名を見つけて発信ボタンを押す。
出るかどうかは五分五分だ。
でも無性に物申したい気分だった。酔いは一向に回らないが、やきが回ったのかもしれない。
「――さて。
どんな言い分を聞かせてくれるのかな」
じれったいコール音を一つ二つ三つと聞き流しながら、私は相手に投げかけてやるべき言の葉を脳内でくどくどと入念にシミュレートしていた。
数多町七十刈探偵舎
幕間『くどくど』 終
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