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A棟にあるオカルト研究会の部室。
ぼくはサークルのメンバーではないけれど、五夢に連れられて何度か遊びに来たことはある。相変わらず独特な雰囲気の場所だ。暗幕のカーテンに五芒星のテーブルクロス。水晶玉やウィジャ・ボード、ダウジングの道具一式。いかにもオカルティックなグッズが勢揃いしている。
以前は不気味さに気圧されていたぼくだけど、本物の呪われた物品だらけの『七十刈探偵舎』で暮らしているせいか全く怖さを感じなくなってしまっている。慣れというものは恐ろしい。
「うう――ミル~、待ってた。……ま、座ってよ」
出迎えてくれた親友は明らかに顔色が悪く、瞳が大きくなるカラコンを嵌めた目もうっすら赤く充血していた。メイクで誤魔化しているが目の下にはクマが出来ているし、肌も荒れているようだ。とにかく全体的に萎れてしまっている。物凄くポジティブでバイタリティに溢れた五夢なので、どこか悪くしたんじゃないかと本気で心配になってくる。
「どうしたのさ。何かあったの? 大丈夫!?」
「いや――それが、ヤベェんだよ。全然だいじょばねぇ」
呻きながら長机に突っ伏している。お手上げといった感じだ。ぼくはひとまず友人の話を聞かせてもらうことにした。
「実はここ最近――ちょうど先週の金曜、オカ研の例会で大学来た時くらいからかな、変な夢を毎日見るんだ。内容はそこまではっきりとは覚えてねぇんだけど、髪の長い女が出てきてさ。じーっと佇んでこっち見ながら『ワタシハダレダ』って言ってくるんだよね。何度も繰り返し聞いてくんの。
ワタシハダレダ、ワタシハダレダ……って。
だからいつも『知らねーよ!』って叫んでそこではっと目が覚めるんだけど……マジで知らないし、熟睡出来ないし迷惑してんだわ。オカ研的には良いネタかもしんないけどさ。ボクの貴重なシンデレラタイムどーしてくれるんだっての」
典型的な悪夢だ。たまたま一度見たというならともかく、毎日同じ夢が続いているというのはおかしい。呪術や妖の類に詳しい万世先生の傍で助手として働いてきたぼくの勘が告げている。
何かしらの力が働いているに違いない、と。
「ねぇ五夢。最近SNSの配信とかオカ研の活動でヤバい心霊スポットに行ったり、いわくつきの物を手に入れたりしてない?」
「してない。変な場所には近づいてないし何も持ってない。ここんとこバイトも忙しかったしさ」
五夢はファッション雑誌の読者モデルと古着屋のバイトを掛け持ちしている。それに加えて1万人以上フォロワーのいる自分のSNSに日々おしゃれに着飾った写真をアップしたり、友達と遊びに行ったり、複数のガールフレンドと時間決めでデートしたり……と日々精力的に活動している。ぼくにはとても真似できない。人付き合いを絞っているぼくと違って、彼は人と関わる機会が物凄く多いのだ。女性関係も派手なことこの上ない。
――もしかすると、そこに糸口があるかもしれない。
「じゃあ、夢の女の人に本当に心当たりは無い? 今までの彼女さんとか、身近な女友達とか、お仕事関係者とか」
「ボクも忘れてるのかなって必死に思い出してみたけど、どーしてもそれっぽい子がいないんだわ。付き合った子もフッた子もフラれた子も良いなって思う子も、人生で関わったことある女の子のことはちゃんと大切なイツムズメモリーとして覚えてるハズなのにさ。ま、男はそこまで覚えてねぇけど」
記憶領域が大分偏っているのはさておき。
事態はかなり深刻なようだ。
「だからさ。専門家のカピ先生に早いとこ何とかしてもらいたくて」
あんまし眠れてねぇってのもあるんだけど、と前置きした後、彼は重々しい口調でこう告げた。
「――本能的にやべぇなって感じる理由はさ。
その女、日に日にオレのほうに近づいてきてる気がするんだよ」
*
やむにやまれず五夢を探偵舎に連れ帰ることにした。
道中、喫煙者である五夢が「煙草が買いたい」と言うので大学通の行きつけのコンビニ『デイリー八ツ崎』に立ち寄る。数多町にコンビニはこの一軒だけだ。
本当はうちの近くで吸ってほしくはないのだけれど、喫煙癖が体に滲みついてしまって中々禁煙が出来ないのだと言う。絶対に先生達のいる建物内では吸わない、本数もある程度減らす、吸い殻や火の始末も確実にする――と約束した上で仕方なく探偵舎の軒先で吸うのを許可している。
「――ありがとうございましたー」
「わりぃミル。お待たせ」
レシートをブランド物の長財布に雑に詰め込みながら、会計を済ませた五夢が戻ってくる。買い物を済ませたぼくらは大学通を抜け、『七十刈探偵舎』への道を急ぐのだった。
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