第十三話「わたしはだれだ」~夢に出る女~

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 万世(まよ)先生に五夢(いつむ)がいきさつを説明する。  ふむ、と薄い唇に指を当てながら先生が口を開いた。 「二月(ふたつき)君がその夢を見るのは――自宅で眠っている時ですね」 「そうだよ。この一週間は外泊もしてねぇから、ずっと家」 「では――今夜はこのまま探偵舎に泊まっていってください」 「えっ!?」  いきなりの提案にぼくは驚く。  と同時に炊事担当の癖で、即座に冷蔵庫の中身を思い出しながら晩御飯のレシピをプラス一人前で計算し直す。幸い今日は汁物にしようと思っていたので一人増えてもなんとかなりそうだ。  先生の膝の上で億良(おくら)がこちらを見ながら「なぁう」と一鳴きする。彼女も常より元気のない五夢(いつむ)のことを心配しているようだ。気遣わしげな感情が以前よりはっきり伝わってくる。 「それって……枕を変えれば解決するってことですか?」 「いえ。それは分かりません。が、もし改善されなかった場合――原因をある程度絞り込むことが出来ます」 「……ホント助かる! やっぱ持つべきものは頼れるマブダチだわ!」 「――ええ。です」  五夢(いつむ)が目をきらきらさせながら、先生と拳骨をごつんとぶつけ合っている。待て待て、いつの間にマブダチにまで昇格したんだよ。つくづく我が友人のコミュニケーション能力は計り知れないものがある。 「ちょうど、こっちから今日泊まっていいか聞こうと思ってたんだ。誰かと一緒にいたほうがまだマシ。急に迷惑かけちまってわりぃけど、マジで結構怖いんだよ。顔もはっきりしないし、ぼやっとしてるクセに変にリアリティあってさ。夢の中とはいえ女の形した相手に(こぶし)は絶対使えねぇし」  珍しくオカルト大好きな五夢(いつむ)が本気で怖がっている。  腕っぷしの強さも役に立たない状況では、相当不安に違いない。ぐっすり眠れなくて精神的にも消耗させられているだろうし。  大切な友達を助けたい。  あらためて心に誓ったぼくが客用布団を出そうと立ち上がりかけたその時。 「なーあーミルミルー。マジ怖ぇし今日一緒に寝よーよ。部屋にでっかいベッドあったじゃん。オレら二人寝たって全然ヨユーでしょ」  五夢(いつむ)がとんでもない提案をしてきた。  待て待て。確かに五夢(いつむ)は親友だ。だけど寝相が良くないし、そもそも男友達と同じ布団だなんて抵抗感がある。雑魚寝ついでにぼくの領地に侵入されたことはあるけれど、誰かとあらたまって同じ布団で眠ったことなんて一度も無いのに。 「いや困るよ! ナシ寄りのナシだろ」 「ナシ寄りのアリっしょ」 「なるほど。……はあります。七五三(しめ)君、今晩は二月(ふたつき)君と一緒に就寝してあげてください」 「先生までなんてことをっ!?」  予想外の展開に狼狽(うろた)える。  クイーンサイズのベッドはぼくの聖域だ。崇敬してやまない万世(まよ)先生や、可愛らしい猫の億良(おくら)にすら入ってもらったことがないのだ――現状入ってもらう予定もないけれど。  混乱のあまり脳内に出現したミニミニサイズの都九見(つぐみ)准教授の幻が「(トモ)共寝(トモネ)だねぇ♪」なんて戯れ言を囁きかけてくる。あんたは引っ込んでてくれ。 「いいですか、七五三(しめ)君。これはです。  人は眠りに落ちる時、意識の境界が緩みます。つまり傍で眠っている人間の思念の影響を受けやすいのですよ。七五三(しめ)君は思念への感応能力が多少高いようなのでもしかしたら二月(ふたつき)君とことが出来るかもしれない。百%というわけではありませんがね」 「え。ぼくにそんな才能が!?」 「……ええ。常人の範囲内ですが。以前、呪念の声を聞いたり共鳴したりしていたでしょう」 「先生! そんなにもぼくのことを気にかけて見てくださっていたなんて感激です! つい驚いてしまいましたけど、作戦上のご判断ということなら――分かりました」  万世(まよ)先生が落ち着いた口調で説明してくれたので、ぼくは冷静さを取り戻すことが出来た。探偵助手とあろうものがこの程度で狼狽(うろた)えていては話にならない。  何より万世(まよ)先生がぼくの秘めたる素質を見出だして、重要な役目を任せようとしてくれている。心にぽっと明るい灯が点ったような思いだ。しっかりしなくては。 「そーいうことが出来るんならさ、カピとオクラちゃんも一緒に寝てくれたらよくね? そのほうが手っ取り早いじゃん。うまくいけばそのまま正体突き止めてやっつけてもらえるし。あのベッド広いから川の字プラスニャンコで寝てもギリいけそ」  確かに。先生達も一緒にお越し頂いたほうが話が早い気がする。かなり狭くなってしまいそうだけど、そのほうがぼくも心強い。 「――それは出来ません」 「なんで?」 「夢は夢。あくまで個人の無意識下にある記憶や思念がつぎはぎの映像として再生されたもの――つまり他者は『見る』ことが出来るだけで、そこに『干渉』出来るわけではありません。それに、」  五夢(いつむ)が不思議そうに首を傾げる。  億良(おくら)はともかくですが、と探偵猫の頭をなでなでしながら前置きをすると、先生はどこか遠い所を見るような目をしてぼそりと呟いた。 「僕がしまいますので」
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