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事務所に戻り、ツクモ君に怪我の無いことを確認した後に、引き渡しの時間がやってきた。籠の中で先生の飼い猫億良と体を寄せ合い丸くなっていたツクモ君をそっと抱きかかえ、ご婦人の腕へと引き渡す。
「本当に、本当にこの子を見つけていただいて有難うございます。七十刈先生。そして七五三君」
老夫婦は涙をこぼしてツクモ君の生還を噛みしめていた。家族の再会に、ぼくもつられてちょっと涙ぐんでしまった。
ぼくらが取り調べを受けている間に、ご夫婦も警察から誘拐された他の猫たちの顛末を聞いていたらしい。あと一歩辿り着くのが遅ければツクモ君も同じ事になっていたかもしれないと、何度も何度も感謝を述べられた。一匹でも被害猫を減らすことが出来たことに、ぼくは内心誇らしさを感じていたのだった。
「そろそろ億良も出してあげましょうか」
先生が籠の蓋を持ち上げると、億良は軽やかに床に飛び降りすっ、と姿勢を正して見せた。
「億良。貴方は本当に優秀な『探偵』ですね。今回は君の力が必要不可欠でした。どうも有難うございました」
先生はしゃがんで膝をつくと、鬼麦のカンカン帽を外し、頭を下げる。
「億良が――探偵?」
「えぇ。そうです。彼女は猫ですが、この探偵舎に所属してくれているれっきとした『探偵』ですよ。僕も依頼人に伝えたでしょう、『今回の依頼は「別の者」が担当します。』と――あれは、億良のことです。僕たちとは別のルートで動いてもらっていたのですよ。ツクモ君の身柄は、彼女が護ってくれていたのでしょう。
猫関係の事件ですし、猫のことは猫が一番よく知っています。失せものを探すなら、七十刈より時司のところからやって来た億良のほうが適任でしょうから――」
なんということだろう。依頼を受けた日のことを思い返す。先生はあの時ぼくではなく、その場に居た億良に事件の担当を任せていたらしい。おそらく依頼人夫婦との対話や連絡の取り次ぎなどを、助手で人間のぼくに頼んだのだろう。
「億良。君――探偵だったんだね」
ぼくも膝をついて、深々とお辞儀をした。あらためて探偵業の先輩への敬意を示す。廃工場に辿り着いたときに丁度億良たちとはちあったのは、偶然じゃない。彼女がいち早くツクモくんの居場所を探り当てて、身柄を保護し、救い出してくれていたんだろう。人間のぼくたちには真似出来ない方法で。
「ぼく、先生の助手をしながらここに置いてもらっているんだ。これからも頑張るから、同じ探偵舎の仲間として、あらためて宜しくね。一緒になぞを解いていこうね」
億良はぼくの話を聞いているのかいないのか。
「ニャア」
とひとつ鳴いて、また気ままな調子でどこかへ行ってしまった。
数多町七十刈探偵舎
第二話の表『ばけねこ』(終)
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