第十三話「わたしはだれだ」~夢に出る女~

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 生まれて初めて「夢だ」と認識しながら、夢を見た。  どこか浮付いた生暖かい空気が流れる空間。  ふわふわと薄桃色の霞がかかっていて視界があまり良くない。 「――……ハダレダ……」  霞の向こうから声がする。女の人の声。  これは――もしかして。もしかしなくとも。  五夢(いつむ)と同じ夢を見るのに成功したのだろう。  警戒を強めながら声がする方へと歩を進める。 「――ワタシハダレダ」  近付いて目を凝らす。  霞に包まれたがらんとした空間で向かい合う、二人分の人影。  一人は――我が友五夢(いつむ)。  もう一人は、長い栗色の髪をした見知らぬ女性。  間違いない。彼の話していた『夢の女』だ。  膝まである水色のワンピースを着ている。こなれた感じのおしゃれ着に見える。背は小さく、ヒールのついたパンプスを履いて、ちょうど五夢(いつむ)と同じくらいの身長だ。きちんと足がついているということは――亡くなった人の霊では無い、のだろうか。いや待て。我が家の地縛霊、七保志(なぼし)さんにも足はある。これだけではまだ判断を下せない。  それにしても。  一見普通の女の人の姿をしているが――顔の部分だけがどうにも異様だ。そこだけモザイクがかかったかのように空間自体がぐにゃぐにゃと歪んでしまっている。うまく人相を認識することが出来ない。別におどろおどろしい姿をしているわけでもないのに、不安感を掻き立てる。  毎夜こんな相手と訳も分からないまま顔を合わせていたら――流石に精神的にタフな五夢(いつむ)でも憔悴してしまうに違いない。 「ワタシハダレダ」 「――それ、こっちが聞きたいんだけど」  五夢(いつむ)が仕掛けた。  遮るようにして逆に質問を投げかける。  二人の距離は目測でニメートル。おそらくまだ彼女の『間合い』の中ではないと判断したのだろう。 「マジでさ、誰か分かんないんだよね」  ぼくはさりげなく五夢(いつむ)へ目配せを送ってみたが、反応はない。女性が気付く様子もない。万世(まよ)先生の言った通り、ぼくの姿は二人には全く見えていないらしい。 「ワタシハダレダ」  声がさっきより大きくなった気がする。  不安定に揺らぎながら脳に直接わんわんと響いてくる。ぼくは思わず耳を塞ぎかけるも、どうにか堪えて特徴を懸命に探る。声だけなら、ぼくらとそんなに変わらない年齢に聞こえる。女の人って声じゃ判別しづらいけど。  しかも――夢の中だからか、妙な感覚に襲われる。不思議とどこかで聞いたことがあるような。ずっと前から知っているような。 「なぁ。教えてくれよ。君、実在する子? ボクと会ったことあんの?」 「――」  声が一気に怒気をはらむ。  びりびりと空気が震えて、思念の波動に押し流されそうになる。  怒りにも哀しみにも似た強烈な負の念。  両手を伸ばしながら――女が五夢(いつむ)にじりじりと詰め寄る。 「……見てる? オレのことを?」  良くない感じがする。助けなきゃ――。  急いで彼のもとに駆け寄ろうとする。が、見えない(つた)のようなものに手足が絡められていてその場を動けない。何だこれ!? 「五夢(いつむ)逃げろ! 何か変だ!」 「――!」   *    そこで急に目が覚めた。  動悸が止まらない。全身にびっしょりといやな汗をかいている。  一旦起き上がって息を整えようとしたところで、身動きがとれないことに気付く。ぼくの体は――ちょうど抱き枕にしがみつくような姿勢で、五夢(いつむ)の手足によってがっちりとホールドされてしまっていた。相変わらず最悪な寝相だ。どうりで夢の中で急に動けなくなったわけだ。  引き剥がしかけたところで、同じく「うぉぉお!」と叫びながら目を覚ました五夢(いつむ)と至近距離で目がはち合った。 「……見た?」 「……見た」  悲愴な顔で頷き合う。  ぼくらは再び眠りにつくことも出来ないまま、不穏な夜の続きをどうやって過ごそうか、ただただ逡巡を巡らせていた。
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