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朝食を摂りながら、昨晩の出来事を万世先生に報告する。
ぼくと先生、猫の億良といういつもの顏ぶれに加えて、客人の五夢も一緒に居るので賑やかだ。けれど寝不足のぼくらはいつもの元気を発揮できずにいた。
豆腐のお味噌汁をふぅふぅしながら先生が口を開く。
「今の話で――分かったことが二つあります。
まず一つ。夢に出てくる女性は生きている人間でしょう」
「ボクもそう思った。ボクに向かって怒ってるみたいな感じだったし。それにあの服さ、ちゃんと見たら『ローズ&エレクトラ』っていうブランドの新作ワンピなんだよね。最近売り出したばっかのやつ。女の子の雑誌の表紙で見覚えあると思ったわ」
流石は読者モデル。ファッションチェックが抜かりない。
「ええ。二月君に向ける生々しい負の感情。ほぼ普通の人間と変わりの無い外見。――いわゆる『生霊』の類です。誰かに対して恨みや憎しみ、嫉妬、強い執着などの激しい感情を抱くあまり、想念の塊が体を抜け出して人に取り憑いてしまうのですよ」
「つまりボク、『オマエハダレダ女』の生霊に取り憑かれて毎晩夢を見せられてるってこと? キッツ」
生霊の話は――高校の古文で『源氏物語』を習った時に、少しだけ齧ったことがある。
プレイボーイ『光源氏』の愛人の一人『六条御息所』という高貴で聡明な女性が、嫉妬や悔しさの余り知らない間に生霊となって念を飛ばし、とうとう光源氏の正妻『葵の上』を呪い殺してしまう……という凄まじい内容だ。幼い頃からあまり恋愛に傾倒する女性が得意でなかったぼくは、内心恐ろしさに震え上がっていたものだ。
それと同じようなことが親友の身に起こっているなんて。
「でもさー。生霊って確か、本人も知らないうちに飛んできちゃってるんでしょ」
「二つ目はそこです。
――寝る場所を変えても、二月君は同じ夢を見ましたね。
想念は強くなればなるほど、闇雲には飛ばせません。対象の名や大体の居場所を知る必要があります。君はえすえぬえすの有名人ですから名前や住所くらいは世に知られているでしょうが、探偵舎に泊まったのは偶発的なこと。えすえぬえすにも投稿していないこの事実を知っているのは、我々だけのはずです。それなのに――生霊は昨晩も正確に二月君の居場所を把握して夢に現れた。
つまり。相手は君を標的にした術を用いているということです。無意識ではなく意図的に生霊を飛ばしているのですよ」
ことりとお茶碗を置き、口の端にご飯粒をつけたままの先生が首を傾げた。
「君、本当に心当たりはないのですか?」
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