第十三話「わたしはだれだ」~夢に出る女~

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 登校時間になったので、ぼくと五夢(いつむ)は探偵舎を出て五ツ橋(いつつばし)大学へと向かう。  友人同士の至って平和な登校風景に見えるが、二人とも内心は穏やかじゃない。生霊を飛ばしている犯人を捕まえる為に、ぼくらは何日か行動を共にする事にした。早く見つかるといいのだけど。 「いつも見てるってことはさ――もしかして五夢(いつむ)のストーカーかもしれないよね」 「やめろよ。ボクはオカルトは好きだけど、ストーカーとかメンヘラとかはマジ無理なんだって」  ぼくは探偵助手、五夢(いつむ)はSNSのインフルエンサーという別の顔はあるとはいえ――大学生だ。『いつも見ている』ってことは、ぼくらと同じ大学に通っている学生の可能性もあるなと思い、五夢(いつむ)の履修している授業に潜入した。  彼はぼくと同じ文学部だが専攻は心理学科で、文学部の中でもとりわけ女性の比率が高い。連れ立って教室に入り、目立たないようにしながら周囲を観察しようと思っていたら――なんだか黄色い歓声と共に、ひそひそと女の子達から噂されているのが聞こえてきた。 「あ。そっか。ミルミルとボクが朝から一緒にいたら注目されちゃうよね。ほら、前にFIVES(ファイブズ)でボクたち二人が付き合ってる~なんてウソの噂流してた子達もいたじゃん」 「あー……そんな事件もあったよね」  人気者はツライね~と暢気にのたまっている。  生まれながらの金髪に青い眼という、この目立つ外見を心底呪う。潜入任務すら満足にこなせないなんて探偵助手として失格だ。 「そんなことより、怪しい人はこの中にはいないの」と問うも「分からねぇ」と答える。ぼくが見回す限り、ほわほわとした好奇の目は多数向けられているものの、異様な雰囲気の人はいなさそうだ。そこまで髪が長い人もいない。     *  髪の長い女性について心当たりを探ることにしたぼくらは、法学部棟にやってきた。  久しぶりに対峙するのは、長い栗色の髪を綺麗に巻いたすらりと背の高い女性。タイトなロングワンピースに身を包み、高いエナメルのヒールを颯爽と履きこなしている。五月の半ば頃、ぼくらが解き明かした学内SNSのデマ拡散事件の首謀者――『ミスコンの女王』こと九谷(くたに) (あや)さんだ。  彼女が悪意をもって流した噂のせいで、ぼくと五夢(いつむ)はさんざんな目に遭わされた。今も彼女がぼくらのことを恨んでいても不思議じゃない。 「あ、顔治ったんだ! 良かったね」 「――余計なお世話よ、七五三(しめ) (ミル)。さっさとどこかへ行ってちょうだい。あんたの顔なんか視界に入れたくないわ」  労うぼくに対して依然として冷たい。無理もない。  以前会った時は呪われた手鏡で顔に『(さわ)り』を受けてマスクを付けていたけれど、今はすっかり治っているようで何よりだと思う。ツンケンしているけれど自信に溢れた美人という印象だ。  彼女はぼくの横を通り抜け、五夢(いつむ)のほうへとカツカツとヒールを鳴らしながら歩み寄った。 「ところで――あたしに何の用なのよ、む~みん」 「(あや)ちゃんに新作コスメのこと相談したくなってさー。買おうかどうか迷ってるファンデあるんだけど」  一触即発かと思いきや、いきなり二人はコスメの話題で和やかに談笑を始めた。置いてけぼりのぼくは頭にクエスチョンマークを沢山浮かべながらその様子を見守る。一体何が起こっているんだろう。    「ねぇ――二人、今どんな関係なの?」 「へ? 読モ仲間だけど」  聞いてみると。あの事件の後、読者モデルの仕事で偶然一緒になってメイクや美容の話題なんかで意気投合して仲良くなったらしい。昨日の敵は今日の友、というわけだ。自分のことを恨んでいるであろう相手と関わるなんて。ぼくにはとても真似できない。 「あの時は『心がクソブス』なんて言われて正直ムカついてたけどね。よくよく話してるとコイツも色々努力した上で性別超えて可愛くなってるんだって分かったから、少しは認めてもいいかって思ったわけ。――七五三(しめ)君みたいに生まれつき美形な顔面はやっぱり腹立つから引っぺがしたくなるけど」 「やめて剥がさないで」  暫く会話した後、法学部棟を後にした。  確かに栗色で髪は長いけれど、背も高いし、もうぼく達のことを恨んでいる様子もない。どうも彼女ではなさそうだ。  九谷(くたに)さんが化けて出るなら「ワタシハダレダ」じゃなくて「ワタシハワタシヨ!」とか言い出しそうだし。
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