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放課後、大学近くのカフェレストランに向かう。
学生向けに廉価な値段で美味しいコーヒーやデザート、ランチメニューを提供してくれるので、いつも五ツ橋生で賑わっている。
ここでバイトをしているのが――直近で付き合っていた元彼女の日七穂さんだ。栗色の長い髪の毛をきゅっとポニーテールにして、ふりふりのウエイトレス姿で迎えてくれた。背はあまり高くない。五夢より少し低いくらいだ。舌足らずな甘い声で喋る。
「あーっ、イツムくん! なんで来るのよもー」
「ここのケーキセット好きなんだよ。トモダチに食べさせたくてさー」
「ぼく甘いものが大好きなので! 無理を言って連れて来てもらったんですよ、あはは」
何やら怪しい雲行きになのでぼくも演技してみせた。大声で甘党宣言しただけみたいになってしまったけど。店内のお客さんにくすくす笑われている。
別れたばかりの元彼氏がバイト先に尋ねてくるなんて、相当気まずいに違いない。申し訳ない。それでもぼくらには――生霊の主を探り当てるという使命がある。つい最近五夢と別れたばかりの彼女は、最有力容疑者の一人だ。
「ならしょうがないね。お二人様どーぞー」
テーブル席に案内され、ケーキセットを二人前注文する。運ばれてくるまでの間、こそりと五夢にいきさつを聞いてみることにした。
「……どういう別れ方したの? 五夢」
「付き合ってみたけど性格とか考え方が合わないからもうムリっつって別れた。別れ際はめちゃめちゃ泣かせちゃったけど。ムリなもんはムリだし」
「恨まれそうだなぁ」
「恨まれるくらいがいーんだって」
五夢は別れ際に悪者になることで相手に未練が残らないようにしてるって言ってたけど、人の心はそう簡単に割り切れない気がする。暫くは引きずりそうだし、傷ついた心を癒すのだって時間がかかる。
もしぼくなら。心寄せる人に別離を言い渡されたら――「はいそうですか」と物分かりよく承服出来そうにない。あらゆる手段を使って抗ってしまいそうだ。
ふとすぐ傍の気配に気が付いた。
日七穂さんが、ケーキセットを二つお盆に乗せて、ぼくらのテーブルの傍に佇んでいた。ものすごく何か言いたげな顔で。
「……イツム君」
「――ちな、ヨリ戻しに来たワケじゃないから」
「分かってるよ……そんなことより、わたし――」
居た堪れなくなる、不穏な空気。
日七穂さんは一体何を伝えるつもりなんだろう。
もしかして――夢の中に現れたのは自分だとでも言い出すつもりなんだろうか。ぼくは全身の神経を張り巡らしながら彼女の次の言葉を待つ。
「わたし――新しいカレピ出来たの! ヒナ可愛いもんね。イツムくんなんかより背も高いしー、ダンスも上手いしー、優しいしー、ずっとカッコイイんだから。すごいでしょ♪」
「おー。そりゃよかったねー」
二人分のケーキセットをテーブルに置くと、ご機嫌な様子で日七穂さんはキッチンへと下がっていった。半眼でそれを見送る。
完全にふっきれている。どうやら彼女でもなかったらしい。
マスター特製の自家製のシフォンケーキの優しい味わいと、自家焙煎のコーヒーの複雑な苦味が胸にしみた。
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