430人が本棚に入れています
本棚に追加
その後もここ数ヶ月で付き合った相手、言い寄った相手、振った相手、振られた相手など思い出してもらって訪ねてみたけれど、結局収獲らしい収獲は無かった。この短期間でどれだけいるんだと呆れはしたけれど。
肩を落としながら大学通を二人してとぼとぼ歩く。
「煙草そろそろ切れるから買ってくるわ」
「あ、ぼくも行くよ。お泊りのもの買わなきゃだし」
「――いらっしゃいませー」
いつものデイリー八ツ崎に立ち寄る。
ひょいひょいと飲み物やお泊り道具をカゴに放り込む。割引が無いのでいつも買っているスーパーよりは大分高いけれど、今はそうも言っていられない。
ボクの吸ってる銘柄が数多町だとここにしか置いてないんだよねーと説明されながら、一緒にレジに並んで会計をする。
「二十五番で」
「――かしこまりましたー」
彼はサイドポケットに大雑把にレシートがねじ込まれた長財布を取り出し、お札と小銭を用意している。捨てるのが面倒くさくて暫く溜め込んでいるのだろう。こういう細かいところに性格が出るなぁと苦笑する。
ふと彼が会計を済ませたところで、ひらりと一枚コンビニのレシートらしきものが落ちた。何日か前のデイリー八ツ崎のもののようだ。古い会計分のレシートだから不要かなーとは思ったけれど、勝手に処分するのも良くない気がして、念の為拾い上げてズボンの尻ポケットに一旦仕舞い込む。
*
今夜はぼくが五夢の家に泊まることになっている。
環境を色々と変えたほうが手がかりが見つかりやすい、と万世先生にアドバイスされたからだ。
ひとまず、お持たせのお菓子や、替えの下着や身の回り品の準備は万全だ。着替えは――明朝に一旦探偵舎に帰るつもりなので、その時に着替えればいいやと思って置いてきた。荷物になるし。
もちろん万世先生や億良にひもじい思いをさせないように、今日の晩ごはんと明日の朝ごはん昼ごはんまで作り置きしてきた。
「まぁ上がってよ」
去年から仲良くさせてもらっているが、五夢の家にお邪魔するのはこれが初めてだ。
二月家は病院の経営者のお父さん、女医のお母さん、お姉さんと妹さんと五夢の五人家族と聞いている。モデルハウスみたいな広くて綺麗な一戸建。掃除が隅々まで行き届いている。
「――ご家族は?」
「うち結構バラバラだからさ。姉貴と妹はそのうち帰ってくると思うけど、イケメンミルミルのこと見たらギャーギャー騒ぎそうだからゴハン食べたらボクの部屋行っとこ」
全員が多忙らしくごはんは別々で食べる家のようだ。近頃は家族の形も多様化してきたから、団欒しない家庭も多い。そんなわけで食卓についたのもぼくと五夢の二人だけだった。
隅々まできちんと整った、色とりどりの美味しそうな料理が並ぶ。茹でた豚肉を甘辛いソースでカリッと焼き上げたもの。まろやかなしょうゆ風味の野菜炒め。白菜とベーコンのスープ。栄養バランスもばっちりだ。
「お口に合いますでしょうか」
と、落ち着いた物腰の家政婦さんが聞いてくれる。こんなに凝ったお料理をご馳走になることだけでも有難いのに、そんなことまで聞いてくれるなんて。
「とても美味しいです。勉強になります」
「ふっふっふ。十七さんは最近来てくれたうち自慢のスーパー家政婦さんだから! うち両親が忙しくて全然家事出来ないんだけど、冷蔵庫の中に残ってるものですげぇ料理作ってくれるんだよね! 掃除も完璧だし」
「――五夢様、そんな。褒めすぎですよ」
「いーっていーって! ホントのことなんだから」
家政婦の十七さんが、頬をほんのり染めて照れている。奥ゆかしい感じの女性だ。お団子頭にエプロン姿。ぼくらより少し年上だろうか。
「ぼく、家で毎日料理をしているんですが――中々バリエーションが広がらなくって。良かったら参考に色々聞いてもいいですか?」
自分以外の手料理を食べる機会は貴重だ。しかも家事のプロの話が聞けるなんて。目をきらきらさせるぼくに向かって、十七さんは照れくさそうに「ええ、もちろん」とはにかんで見せた。
そういえば――十七さんも髪が長いんだな。
十七さん……も?
自分の感覚に違和感を覚える。何かが引っかかる気がした。
最初のコメントを投稿しよう!