第十三話「わたしはだれだ」~夢に出る女~

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 その後もここ数ヶ月で付き合った相手、言い寄った相手、振った相手、振られた相手など思い出してもらって訪ねてみたけれど、結局収獲らしい収獲は無かった。この短期間でどれだけいるんだと呆れはしたけれど。  肩を落としながら大学通を二人してとぼとぼ歩く。 「煙草(ヤニ)そろそろ切れるから買ってくるわ」 「あ、ぼくも行くよ。お泊りのもの買わなきゃだし」 「――いらっしゃいませー」  いつものデイリー八ツ崎(ヤツザキ)に立ち寄る。  ひょいひょいと飲み物やお泊り道具をカゴに放り込む。割引が無いのでいつも買っているスーパーよりは大分高いけれど、今はそうも言っていられない。  ボクの吸ってる銘柄が数多町(あまたちょう)だとここにしか置いてないんだよねーと説明されながら、一緒にレジに並んで会計をする。 「二十五番で」 「――かしこまりましたー」  彼はサイドポケットに大雑把にレシートがねじ込まれた長財布を取り出し、お札と小銭を用意している。捨てるのが面倒くさくて暫く溜め込んでいるのだろう。こういう細かいところに性格が出るなぁと苦笑する。  ふと彼が会計を済ませたところで、ひらりと一枚コンビニのレシートらしきものが落ちた。何日か前のデイリー八ツ崎(ヤツザキ)のもののようだ。古い会計分のレシートだから不要かなーとは思ったけれど、勝手に処分するのも良くない気がして、念の為拾い上げてズボンの尻ポケットに一旦仕舞い込む。     *   今夜はぼくが五夢(いつむ)の家に泊まることになっている。  環境を色々と変えたほうが手がかりが見つかりやすい、と万世(まよ)先生にアドバイスされたからだ。  ひとまず、お持たせのお菓子や、替えの下着や身の回り品の準備は万全だ。着替えは――明朝に一旦探偵舎に帰るつもりなので、その時に着替えればいいやと思って置いてきた。荷物になるし。  もちろん万世(まよ)先生や億良(おくら)にひもじい思いをさせないように、今日の晩ごはんと明日の朝ごはん昼ごはんまで作り置きしてきた。 「まぁ上がってよ」  去年から仲良くさせてもらっているが、五夢(いつむ)の家にお邪魔するのはこれが初めてだ。  二月(ふたつき)家は病院の経営者のお父さん、女医のお母さん、お姉さんと妹さんと五夢(いつむ)の五人家族と聞いている。モデルハウスみたいな広くて綺麗な一戸建。掃除が隅々まで行き届いている。 「――ご家族は?」 「うち結構バラバラだからさ。姉貴と妹はそのうち帰ってくると思うけど、イケメンミルミルのこと見たらギャーギャー騒ぎそうだからゴハン食べたらボクの部屋行っとこ」  全員が多忙らしくごはんは別々で食べる家のようだ。近頃は家族の形も多様化してきたから、団欒(だんらん)しない家庭も多い。そんなわけで食卓についたのもぼくと五夢(いつむ)の二人だけだった。  隅々まできちんと整った、色とりどりの美味しそうな料理が並ぶ。茹でた豚肉を甘辛いソースでカリッと焼き上げたもの。まろやかなしょうゆ風味の野菜炒め。白菜とベーコンのスープ。栄養バランスもばっちりだ。 「お口に合いますでしょうか」  と、落ち着いた物腰の家政婦さんが聞いてくれる。こんなに凝ったお料理をご馳走になることだけでも有難いのに、そんなことまで聞いてくれるなんて。 「とても美味しいです。勉強になります」 「ふっふっふ。十七(とな)さんは最近来てくれたうち自慢のスーパー家政婦さんだから! うち両親が忙しくて全然家事出来ないんだけど、冷蔵庫の中に残ってるものですげぇ料理作ってくれるんだよね! 掃除も完璧だし」 「――五夢(いつむ)様、そんな。褒めすぎですよ」 「いーっていーって! ホントのことなんだから」  家政婦の十七(とな)さんが、頬をほんのり染めて照れている。奥ゆかしい感じの女性だ。お団子頭にエプロン姿。ぼくらより少し年上だろうか。 「ぼく、家で毎日料理をしているんですが――中々バリエーションが広がらなくって。良かったら参考に色々聞いてもいいですか?」  自分以外の手料理を食べる機会は貴重だ。しかも家事のプロの話が聞けるなんて。目をきらきらさせるぼくに向かって、十七(とな)さんは照れくさそうに「ええ、もちろん」とはにかんで見せた。  そういえば――十七(とな)さんも髪が長いんだな。  十七(とな)さん……も?  自分の感覚に違和感を覚える。何かが引っかかる気がした。
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