第十三話「わたしはだれだ」~夢に出る女~

15/16

431人が本棚に入れています
本棚に追加
/318ページ
 ――ぴりぴりと怒りの波が空気ごしに伝わってくる。  夢の中で感じたのと同じ感触だ。 「それを書いたのは私。  いつも私が入ってる時間にコンビニに来てくれる彼のことが、ずっと気になっていたの。いつもおしゃれで、キレイな顔で、なのに煙草買う時だけちょっとクールで。レジをしながらずっと見つめてた。いつむ~みん★のことはSNSで調べたらすぐに出てきたわ。けど彼が来てくれる時間帯は学生さんが沢山来るから中々二人きりになれなかったし、人気者の彼に声なんてかけられなかった。――だから、私に気付いてもらうにはこうするしかなかったのよ! 折角のチャンスなのに邪魔しないで……!」  自らの体を抱きすくめて、声を荒げる。すっかり物語のヒロインのような立ち居振る舞いだ。生霊騒ぎを解決しようとしているぼくらを恋路を邪魔する悪者だと本気で思っているのだろう。寝不足と恐怖に苦しめられてきた身としては腹立しささえ覚える。 「……自分に気付いてほしくて、生霊を飛ばしたの?」 「イキリョウ? 願いが叶うをやっただけ。好きな人の夢に出ることで存在をアピール出来て距離が一気に縮まるんだって。だから彼に意識してもらえるチャンスだって思ったの。こんなに強く想ってる私の存在に気付きさえしてくれたら、きっと私のこと好きになってもらえるはずだから。現に、こうして逢いに来てくれたじゃない」  それで好かれると本気で思ってるのか?  恋愛が絡むと人は途端におかしくなる。想いを遂げる為なら多少おかしなことだって、なりふり構わずやってのけてしまう。どこまでも身勝手な自意識を振り回すようになる。  今まで生きてきた中で、ぼくは散々そういう人達を目の当たりにしてきた。 「――割と有名な話ですが『おまじない』は漢字で書くと『お(まじな)い』、つまり『(のろ)い』と同義です。意味や仕組みを理解せぬまま軽はずみに行うのは危険すぎます。そもそもこの術は素人が扱うにはあまりにも強力なものです。好かれるどころか、逆に対象の命を奪う結果になってしまいますよ。術の影響で貴女の命すら危うい。『人を呪わば穴二つ』――これは只の(ことわざ)ではありません」  鬼麦で編まれた年代物のカンカン帽を少し持ち上げ、先生がじとりと彼女の目を見据えた。真っ直ぐに。 「――貴女。少しでも自分の頭で考えて行動しましたか。彼と真剣に向き合おうとしましたか。他力本願で術に頼って『いつか気付いてもらえる』なんて甘えた考えでは、いつまでも彼の目に映ることはありませんよ」  諭すような口調だ。無表情な横顔は心なしかいつもより厳しい顔つきに見えた。涙目になった彼女が、鼻をぐすぐす鳴らしながら訴えかけてくる。 「――どうしてよ。何が悪いって言うの。これで……願いが叶うって言われたのに……」  気になることを言う。彼女にこの強力な『』を教えた人物がいるのだろうか。いきさつを聞いてみようとしたその時。  突然、彼女の首がぐるんと方向を変え五夢(いつむ)のほうを見た。  髪を束ねていたゴムを外し、長い髪を振り乱してニタリと笑う。とり憑かれたみたいに。 「――ねぇ、五夢(いつむ)君」  びりびりと空気が振動する。  夢の中と同じように、彼女の声がわんわんと反響して聞こえる。彼女の顏の輪郭が幾重にも滲んで見える。きっと寝不足のせいじゃない。 「?」 「――ゴメン無理! 迫られても好きじゃないし付き合えない! タイプじゃない!」  ゆらりと鬼気迫る笑顔で凄んでくる彼女を物ともせず――五夢(いつむ)は素早くレジカウンターに駆け寄ると、きっぱりそう告げた。不意を突かれた彼女の動きがぴたりと止まる。 「オレ、オンナノコ大好きだし、理想のオンナノコ追い求めてる愛の狩人だけどさー。  最近自分の好みに気付いたんだよ。自分よりも背が高くて芯のある『強め美女』がめちゃくちゃ好きなんじゃね? ってさ。芸能人で言うならモデルのMOMO(モモ)ちゃんタイプ。分かる? ゾンビだらけの街に放り込まれても、殺人人形に死ぬ程追っかけられても、男女でタッグ組んで戦いまくってエンディングまで一緒に生き残れそうなヤツ。強いオトコマエなオンナノコにぶっ飛ばされて圧倒されたいほうなの! 尻に敷かれながら愛し愛されたい! そんで時々甘えられたい! そういう(ヘキ)なの! たぶん!」  衆人環視の中、レジ前で自らの嗜好を高らかに大演説する我が友の姿に、夢見る乙女はすっかりドン引きしたらしい。想いと一緒に憑きものでも落ちたかのように真顔に戻っている。 「――え。なんか……思ってたのと違う。ごめんなさい、無理です」 「ちょっ!? コレ、ボクのほうが振られた(ふう)になってね!?」 「……振られたね。思いっきり」  勝手に五夢(いつむ)にきらきらした理想像を抱き、勝手に幻滅した彼女は――行列し始めたお客さん達を捌くべく、さっさと接客を再開した。どことなくすっきりした良い笑顔で。  ――まるで、悪い夢から目覚めたかのように。
/318ページ

最初のコメントを投稿しよう!

431人が本棚に入れています
本棚に追加