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潜入捜査当日。
ぼくらの学び舎五ツ橋大学に着くやいなや万世先生は、
「――少し、都九見さんと話があるので。
君達だけで、先に学内を調べていて下さい」
とぼそりと言い残し、有無を言わさずぼくにAIアシスタントのREM君の入ったポシェットを引き渡して、単独で文学部棟のほうへと歩いて行ってしまった。
お二人だけで何か込み入った話でもするつもりなのか。ぼく達が居合わせていては出来ない話なんだろうか。ひらひらと靡く黒づくめの後ろ姿を不安げに見送る。
半月ほど前。連続行方不明事件を解決に導いた直後から、万世先生の様子がどこかおかしい。一人で色々と抱え込んでいらっしゃるような、ぼくらのことを妙に遠ざけているような――そんな感じがして、どうにも胸がざわざわしてしまう。
結局、被疑者の男――浦部 四折にしても、移送中に忽然と姿を消してしまったのだ。発狂状態でとても一人で逃げ出せる容態ではなかったそうだから何者が連れ去ったんじゃないかと言われている。
至るところでじわじわ燻る不穏さの種。
強張りかけたぼくの肩を、親友の五夢がぽん、と優しく力強く叩いてくれた。
「ボクらを信じて任せてくれるってコトっしょ!」
「それは……まぁ、そうなんだけどね」
「カピ先生が戻ってくる前に、ボクらでちゃっちゃと手掛かり見つけちまおーぜ! 今日はオクラちゃんも一緒だし探し物ならイチコロっしょ」
「なぁーぅ」
五夢に引率されて、まずぼくらはオカルト研究会の部室を訪れた。確かにオカ研ならオカルト大好きな部員が多いので、関連の噂が集まってきやすいに違いない。
それにしても。道中やたらとメメメシールが大学の廊下や掲示板、棟内に貼られているのが目についた。視界に入らないことが無いくらいだ。辿り着いたオカルト研究会の部室のコンクリート壁にも、まるで五芒星を描くように夥しい数のメメメシールがずらりと貼り並べられている。
オカ研でも、美しいベンガル猫の億良は大人気だ。
すました顔で撮影やなでなでに応じている。応じながらも、部員達の様子に変わったところがないか彼女なりに鋭く観察しているらしい。
「シール、随分沢山持ってるみたいだけど――どこで手に入れたの?」
メメメシール持ちの部員達を集めて、話を聞く。
学生食堂の前でティッシュと一緒に配られていたとか、大学生協に売られていた教科書やノートにひっそり封入されていたとか、新聞の折り込みチラシに挟まっていたとか、軽音サークルのライブでフライヤーに付けてばらまかれたのだとか――入手方法は結構ばらばらだし、無差別だ。中には学外で手に入れたメンバーも居た。怪しい占い師にこっそり渡されたとか、オカルトショップの露店でノベルティとして分けて貰ったとか。こちらもばらばらだ。
彼らの話を総合すると――配布しているのはいつも違う人間で、しかも事情をよく知らないまま誰かに雇われて動いていたようだ。
残念ながら共通の怪しい人物を見た者は居ないという。
「――にゃぁ。なーぅ」
「……うん、確かにね。方法はばらばらだけど、計画的だし、大学内の人の流れや事情についてある程度知ることが出来る人物な気がするね。影響力のある人物が一枚噛んでる可能性はあると、ぼくも思う」
「えっマジ? フツーにオクラちゃんと通じ合っちゃってる感じ? いよいよミル、愛しのカピセンセー化してきてね?」
向かい合って頷くぼくと億良を見ながら、五夢が目をぱちくりさせている。
ここのところ、おぼろげながらも、彼女の言いたい事が自然に伝わってくるようになってきた。大好きな万世先生のもとに集った仲間同士、波長が合いかけているのだろうか。
「ねぇねぇ七五三君、『マジナイチャンネル』のこと気になってるんでしょ。リアルタイム配信見たことある?」
黒いフードつきマントを羽織った部員の女の子が気さくに話しかけてくる。「実はまだ無い」と正直に言ったら、タブレットを操作して――なんと『マジナイチャンネル』の画面録画らしきものを見せてくれた。
「いつもゲリラ的にアップされるから追いかけるのが大変なんだけど、少しだけ録画出来たのよ。すぐに回線パンクして振り落とされちゃったんだけど」
映し出されたのはテーブルと、カラフルな手袋を嵌めた手元。
まるでマジックの解説動画みたいだ。
サイケデリックなBGM。電子音声で淡々と流れる説明。
白い紙切れに記された一筆書きの呪符の紋様を見て、ぼくと五夢は「あっ!」と大声で叫んでいた。
先日の事件。デイリー八ツ崎のお姉さんがレシートの裏に書いていたのと同じものだったからだ。
「これこれ! 好きな人の夢に現れて振り向かせる、恋のおまじないらしいよ」
間違いない。見つけてしまった。
これが――諸悪の根源。
本物の呪いが拡散されていることの証左だ。
他にも『マジナイチャンネル』で沢山の強力な呪いが拡散されているとしたら。知らずに世の中の人々が試してしまっているとしたら。
きっと大変なことになる。
「万世先生に伝えなきゃ――!」
画面のキャプチャをお見せして、早く確かめて頂かなくては。
ぼくら二人と一匹は、万世先生達がいらっしゃるであろう、文学部民俗学科の都九見准教授の研究室に足早に向かうのだった。
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