第十四話「まよです」~猫とシールと認識汚染~

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「――『認識汚染』?」 「……えぇ。呪の一種です。  呪縛という言葉があるように、情報による『思い込ませ』によって人間の『認識』を縛ること――これこそが呪いの原点なのですよ。この木の偶人(ヒトカタ)は、呪の憑代として作られたものでしょうね。  を知っているばかりに、特定の物を見てもとしか見えなくなってしまう――そのような経験はありませんか。本来純粋なものであるはずの外的情報に、不自然な歪みが掛けられてしまう。  自然発生的に。あるいは――人為的に。  以前、都九見(つぐみ)さんが怪談で話していた『古代遺跡の朱文字』などはその発展系です。あれは特定の文字列を見続けることで――呪を成就させ、対象を死に至らしめるものでした。特定の何かを見たり、聞いたり、近寄ったりすることが引き金になるのですよ。まるで伝染病のように」  口らしき(うろ)に『メメメシール』を貼りつけられ、白衣の巻きついたままの木偶(でく)人形。床に転がったそいつを眺めながら、ぼくらは万世(まよ)先生の講釈に耳を傾けていた。高くも低くも無い錆びた声が、日の傾きかけた研究室にゆったりと響く。ぼくと五夢(いつむ)は気分が優れなくてぐったりしているし、億良(おくら)は疲れたのかソファの隅で丸くなって休んでいる。とても『メメメシール』の犯人探しどころではなくなってしまった。 「……この偶人(ヒトカタ)は、僕が探偵舎に持ち帰って解呪しておきます」 「――待って。万世(まよ)君」  先生は解呪のエキスパートだ。先生にお任せするがベストに違いない――この場にいる全員が同意見だと思っていたら、我が指導員、都九見(つぐみ)准教授が珍しく異を唱えた。 「それ、私に預けてもらえるかい?」 「……にでもするつもりですか」 「そこまで悪趣味じゃないさ。君に何かしようとして送り込まれたものでしょう。なら、当の君が直接触れたり、何か術をかけた途端に発動するタチの悪い仕掛けがあるかもしれないよ。私が仕掛ける側ならそうするもの。だから――君が処置するのは危険だと思うな」 「……貴方にしては。一理ありますね」 「私――社会的立場があるから顔が広いんだよねぇ。知り合いに信頼できる人形供養のお寺さんがいるから頼んでおいてあげるよ。万世(まよ)君のことを知らない人間なら認識汚染に嵌まることもないだろう? あ、別に恩を売るつもりはないから安心しておくれ。サービスだよ」  あっはっは、と笑いながら、白衣にくるまれた不気味すぎる木の人形を布越しに掴んでひょいと担ぎ上げる。 「――都九見(つぐみ)さん。  その口元のは忘れずに剥がして焼き捨ててくださいね」 「んー、どうして? どうしても?」 「どうしてもです。  代わりの物で口を塞いでおいてください。  その――どうやら『窃視(せっし)』の呪の憑代になっているようなので」
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