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万世君達を帰した後。
私――都九見 京一は単身、研究室に居残っていた。すっかり日が落ちて辺りは薄暗い。窓辺から周囲を伺う。もうここを訪れそうな学生の姿も無い。私だけの空間だ。
「――さぁて」
白衣を注意深く剥ぎ取ると――黒い布を巻きつけられた、等身大の木偶人形がごろりと転がり出てきた。
他人に任せると言ったけれど、あれは出まかせだ。あっさり信じてくれてよかった。どうせ結果は同じなのだから文句を言われる筋合いもないだろう。
養生テープで塞いだ両目と口の部分にぽっかりと丸い孔が開いている。埴輪のような趣の顔だ。表面に細かな紋様が掘られている。こつこつ表面を叩いてやると乾いた響きが返ってきた。中は空洞だ。ちょうどハロウィンのかぼちゃ飾りみたいに。
口の養生テープをべりっと剥がした途端、
『……まよですまよですまよです……』
男とも女ともつかないくぐもった不快なしゃがれ声が流れ出してきた。BGMのように暫く聞き続けた後、口を模した孔に親指を捩じ込んだらぴたりと止まった。色々試してみたけれど、目の部分からは音が出てこない。ただの洞のようでも、一応目と口の区別はあるのだ。そういう『意味づけ』こそが『呪』ではとても大切だからね。
「一度――思いきりやってみたかったんだよねぇ」
『――まよですまよですまよですまよで……』
木偶の首らしき部分に手を当て、力を込める。
「――口を噤めよ――紛い物」
瞬間。全身に亀裂を走らせ、裂けて形を失い崩壊するヒトガタ。粉微塵になった木の破片が、辺りじゅうに舞い上がる。
靡く白い髪を掻き上げ――私は、私の証を確かめた。
何だって壊してしまうのは簡単だ。ほんの少しのきっかけで全てを台無しにしてしまえる。瞬きの間に。呆気ないくらいに。
大事に作り上げるほうがずっと難しい。
君が本当に『がらんどうの容れ物』だと言うならば。認識操作など関係なく、この空虚な木偶人形とさほどの差異は無いはずだ。
そうじゃないからこそ、どこかに決定的な違いがあるからこそ、君は唯一無二の君として存在し続けているのだろうに。
人を人たらしめているものは何だと思う?
永遠の命題だ。
答えは――まだ出ていない。
「残念だなぁ。
……ちっとも万世君に見えないや」
粉々になった木片の手足を踊るように踏みつけ、私は顔を歪めたまま嗤い続けていた。
数多町七十刈探偵舎
第十四話『まよです』 終
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