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次の日、さっそく二の筋に棲んでいる野良達に話を聞きに行った。最後に目撃されたのがこの辺りらしい。私は生を受けてから大半の時間を『探偵』として過ごしてきた。自らの足を使った情報収集は探偵の基本なのだ。
「あっ。オクラの姐御! どうも」
「お久しぶりっす!」
「久しいなお前たち。近頃特に変わったことはないか」
行方不明事件、とくれば、可能性はいくつかに絞られる。
まず、家出をして別のところに長居している可能性。人間と共に暮らす猫の中には、一つの家では食い扶持が足らず、しれっといくつかの家を渡り歩いている者も少なくはない。しかし今回居なくなった『ツクモ』という猫は、あの夫婦に随分と大切にされており、十分な食料や環境も整っているようだった。近所に遊びに行くだけならまだしも、複数の家を掛け持ちする理由などない。
次に、色恋関係。年頃の成猫の中には、惚れた相手の尻尾を追いかけて別の町へ行ってしまう者もいる。しかし今のところツクモが特定の相手に入れ揚げていたという目撃談は聞いていない。
あるいは事故に遭ってしまった可能性。俊敏なる運動能力を持った我々猫だが、人間が操るあの重厚な鉄の乗り物に接触してしまったらひとたまりもない。しかしながら、そういう現場は、いくら隠滅したとしても必ず痕跡が残るものだ。
幸いここ暫くはそうした報告も受けていない。
猫どうしの抗争に巻き込まれている――という可能性については。
「ああ。お陰様で喧嘩もなく平和っすよ。縄張り荒らす奴もいねぇし。これも姐御がきっちり仕切ってくれたお陰っすよ」
日々アマタ町を巡回し、主要な猫グループの相関関係を知り尽くしている私だからこそ「無い」と言い切れる。
かつて私が越してきたばかりの頃のアマタ町の猫社会は、本当に混沌としていた。そこら中で派閥どうしの抗争が起き、怪我をする者、ひいては戦いの末に命を落としてしまう者も沢山いた。
その状況を見かねた私が仲裁役を買って出て、話し合いの場を何度も何度も設け、ようやくグループの長同士できっちりとした縄張りの取り決めをすることが出来たのだ。
決して容易な道のりではなかったし、私自身が危険な目に遭うこともあったが、諦めずに自らの考えを説いて聞かせた――野良は生きていくことで精一杯な者も多いが、それを争いの理由にしてはいけない。我々の鋭い爪は同族を切り裂くためではなく、大切な者達を守る為にあるのだ。幸せと豊かな暮らしは、争いによって実現されるものではない。地域の者と支え合い、心身ともに強く健やかに充実しているからこそ得られるものなのだ。
皆が協調し、幸せに長生きできる社会こそが、我々現代猫たちがこれから目指していくべき姿と言えよう――青い理想ではあるが、大切なことだ。
この熱い想いが派閥を超えてそれぞれの猫心に響いたことが、今のアマタ町の平和に繋がっているのだと自負している。
おっと。物思いに耽っている場合ではない。
「そうそう。最近気になると言えば、『飼い猫』ばかり居なくなる事件が起きてるらしいぜ。オレも詳しくは分からないが、なんでもヒトのオスが連れ去ってるんだとよ。現場を見たって奴もいるらしいぜ」
「ふむ。誰が見たか知っているのか?」
「いや、そこまでは分かんねぇや。猫づてに聞いただけだし」
目撃談。残る可能性――何者かによる誘拐の線が濃くなった。昨日依頼人夫婦の話を聞いた時から、背筋の毛並みを逆立てるような、嫌な予感がしていたのだ。そうなると、もはやただの猫探しではない。これは事件だ。悠長にしてはいられない。
情報提供者たちに「ありがとう」と告げると、おやつの小魚を分けてやる。野良は血の気は多いが気の良い奴が多いので助かる。優秀な探偵は、猫心の扱いにも長けているのだ。
「さて――別の場所を探ってみるとするか」
探偵には昼も夜もない。ややくたびれかけてきた自慢の毛並みに鞭を打ち、私は走り出した。
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