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慣れない服に袖を通し、ぼくはおそるおそる皆の前に登場してみせた。
「お待たせしました。これ大丈夫? ちゃんと着られてる?」
「ボクが着せたからバッチシ。いやぁーミルミル、背も高いし手足長ぇからマジこーいうの映えるわ。あ、待って――仕上げにネクタイ、クロスノットにすっから」
我が友が着せてくれたのは、イタリアンスタイルのスーツ一式だ。撮影用に使ったものを、知り合いのモデル仲間から借りてきたらしい。
体のラインに沿うタイプのメリハリの効いたシルエット。薄くストライプの入った爽やかなサマーホワイトの生地に、少し胸元の空いたダークグレーのシャツを合わせて引き締めている。髪の毛を横に流すように遊ばせ、頭に白い中折れ帽を軽く乗せてみた。
仕上げに派手柄のネクタイを複雑な感じで巻かれ、ようやく完成だ。今にも薔薇を咥えて女性を口説き出しそうな出で立ち。
「昔の映画に出てくるナンパ男っぽくて、ちょっと恥ずかしいな……」
「似合ってるんだからドヤ顔してればいーんだって! 伊達男いぇー!」
「い、いえー」
二十一年生きてきたけれど、こんな浮かれた格好をしたのは初めてだ。『家』の行事や冠婚葬祭でスーツを着る機会は時々あるけれど、ごくごくシンプルなものしか着たことがなかったから。
五夢が優しく背中を押してくれたお陰でほんの少し自信付いたぼくは、思い切って万世先生のほうへくるりと向き直った。今回の趣旨の為に、先生にも是非一味違う助手の姿を見届けて頂かなくては。あわよくば褒めて頂かなくては。
「どうでしょう、ぼくの姿は。先生の『認識』は変えられそうですか?」
「…………」
「先生?」
「……このへんが、そわそわします」
「どういう意味ですかそれ!」
みぞおちの辺りを手でおさえ、半眼で首をこてんと傾げている。良いんだか悪いんだかまったく判然としない感想を頂いてしまったけれど、先生はもとより独特な感性をお持ちの方なのだ。きっと先生の『認識』に何らかの一石を投じることが出来たに違いない、とぼくは前向きに捉えることにした。
「っしゃー! オクラちゃんも着替え終わったよ!」
「えっ、億良も?」
ぼくらが一斉に振り向いたその先に居たのは。
もはや、猫じゃなかった。
「これは――!」
「まさか……そんなことが……」
立派なたてがみを生やした豹柄のライオン――オクラならぬオクライオンが、背筋を正して座布団の上に鎮座していた。
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