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実物のお姿はぼくの『認識』に効き過ぎてしまうようなので、スマホで撮った写真を代わりに目に灼き付ける案を提唱して、どうにか平和的解決にこぎつけた。
様々な角度から撮影した先生の写真をカメラロールで確認する。良い出来映えだ。待ち受けにしよう。
元々『認識汚染対策』と銘打たれた会合だけれど――すっかり仮装自撮り大会になってしまっている。きっと今晩、五夢のSNSのアカウントに、ぼくらの写真が投稿されるに違いない。
「つーかさぁ――普段の格好だとそんな感じないけど、カピいつもより幼く見えるよね。ボクらと同年代でも通じそう。今いくつよ?」
「二十八、ということになっています。書類上」
「書類上?」
「――棄児なので。実際いつどこで誰から生まれたのか分かりません。辻褄合わせや行政手続は協力者にお任せしたので、年齢や出生地もざっくり適当です」
万世先生がさらっととんでもない事実を披露してきたので、衝撃を受けたぼくは思わずスマホをその場に取り落としてしまった。
「え――先生? 初めて聞きましたよ?」
「……初めて言いましたので。まぁさほど重要なことではありませんよ。いつ生まれたかなんて、いつ身体の寿命が訪れるかの大まかな指標にしかなりませんから」
先生はそうおっしゃるけれど。
どんな人達から生まれて、どうやってこの世に生を受けたのか――というのはやっぱりそれなりに重要なんじゃないかと思う。
……二年前。ぼくは父親の存在を知り、ぼくを生んだ母親の目的を知ることとなった。当時はひどく受け入れがたく辛い出来事だったけれど、その忌々しい出自があるからこそ、今のぼくの人格が形作られているのだと実感出来た。血縁の糸を手繰ることで自分が何者か分かったような――地に足がついたような心持ちだった。
万世先生には――それを知る術すら無いのか?
複雑な思いで考え込んでいたら、ぼくの手の甲にちょこちょこ、と先生の人差し指が戯れのように触れてきた。
「――『なぞ』が解ければそれで十分ですよ」
吸い込まれそうな翡翠色の目が、静かにこちらを伺ってくる。
言い返すために口を開きかけたところで、自撮り棒を片手に構えたまま五夢が急に思い出したかのように「あっ!」と大声を上げた。
「そういや、今日ツグセン来ないよね! こういう楽しそうなイベントの時は嗅ぎつけて来るのにさぁ。どうしたんだろうね」
言われてみれば。都九見准教授の姿が見えない。いつも呼んでもいなくとも何故か探偵舎に姿を現してくるのに。
そもそも――今日の集まりは、ただの遊びではなく『認識汚染対策』だ。元々万世先生の発案で召集されたものだった。それなら都九見さんも呼び出して一緒に対策すれば良かったはずだ。
――先生はどうして都九見さんだけ呼ばなかったんだろう。
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