430人が本棚に入れています
本棚に追加
いつものようにダミーページを潜り抜け、『なぞ筋』の一派であるハッキング集団【Zebius】が用意した情報提供者用のシークレットチャットルームにアクセスすると、私――都九見 京一は『trackman』というハンドルネームを打ち込んだ。
trackmanは『観測者』という意味の名だが、ネーミングの由来は別にある。自嘲じみてはいるが、中々似つかわしいので我ながら気に入っている。
『やぁ。そろそろ何か掴めたかな?』
入室するや否や、このチャットルームの主である【Zebius】所属のハッカー――SHEONITEが早速長文のメッセージを送ってきた。私の影の協力者達だ。
『――おい、trackman。ありゃあ、何なんだ? お前の研究室に妙な動く人形が来てたろ。まァた面倒事に巻き込まれてンじゃねェか。言わンこっちゃねェ』
『それ――どこから見てたのかなぁ?』
『企業秘密。俺達ハッカーに不可能は無ェの』
どうやら先日の顛末を目撃していたらしい。
大方どこに『目』があったのか予想はつくけどね。機械越しの映像なので彼らには『認識汚染』が通用しなかったのだろう。彼らの働きに免じておイタは不問に付すことにしておいた。
『本題。――オマエが探れって言ってた例の『七五三一族』と『シメ・コーポレーション』のことだが』
『中間報告かい。頼むよ』
以前彼らに依頼していた案件だ。
――七五三一族と、その当主が経営している『シメ・コーポレーション』の背後関係を探るように、と。
『とにかくきな臭ェ。洗ってみたらよ、会社やあの『家』にとって不都合な人物やら企業やらが次々に不運な目に遭ったり不可解な事故に見舞われたりしてやがンだ。相当古い時代からな。一つ一つは偶然の事故やら事件に見えるが、結果的にあそこの会社が得をするようになってるのは間違いねェ』
我が教え子である七五三 千君は、オーナーと愛人との間に出来た子供で、高校卒業の時にあの『家』に引き取られたばかりだと――しゃぶしゃぶパーティーの時に偶然台所の横を通りかかって耳にした。自慢ではないが、私は結構な地獄耳なのだ。
世の中に理由の無いことなど、そう存在しない。
彼も何らかの目的の為に人生を狂わされたのか。
それとも。
あの七五三君自身が、思惑を持って『家』に入ってきたという可能性もある。引き合わせたのはこの私だが、あの『七十刈探偵舎』に転がり込んだのも彼が自らの目的を果たす為だとしたら――?
『最近特に派手な動きをしてるのは社長の妻――七五三 厘子だな。熱心な宗教家らしくてな。慈善活動に力を入れるって名目で新興宗教まがいの得体の知れねェNPO法人に多額のカネを流してる。あちこちの孤児院の運営資金に充てられてるらしいが……』
七五三 厘子。七五三君の血の繋がらない母にあたる人物か。跡継ぎになる予定のお兄さんと、モデルをしているお姉さんの実の母親だったはずだ。私は脳内で家系図を手早く整理する。
『ふぅん。孤児院、ねぇ――』
脳裏をよぎるのは――呪詛と瘴気に塗れた古い記憶。淀んだ『地下』の空気。命の消える気配。悲鳴と轟音。そして。
『――探ってみる必要がありそうだ。
引き続き、援護を頼むよ――友軍機?』
横たわるおぞましい巨悪の気配を感じ――私はディスプレイの前でぞくぞくと武者震いをした。
最初のコメントを投稿しよう!