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「十――入りなさい」
「はい。父上」
入室を許され、俺――七五三 十はベッドに横たわる父の元へと歩み寄った。
父――七五三 一は元々身体があまり強いほうではない。ここのところ、陰で具合悪そうに伏せっていることが増えた。外では社長として七五三家の当主の執務をこなしているが――急速に、病状が進行しているのか。
あの青年――千の存在で、この家は変わってしまった。
父が外で愛人との子供を作ったと聞かされた時。
母は心のバランスを大きく崩して妙な宗教に傾倒するようになった。
毎日不可思議な祈祷や体操に勤しみ、大量の心霊道具を購入し、あまつさえ宗教団体に多額の献金までするようになってしまった。しかし、母にとっては必要なことなのだろう。それで母の心が救われるなら、仕方のないことだと俺は思う。父も黙認している。
妹も、父に反発して飛び出して行ってしまった。出ていく前日に、ひどい言い争いをしているのを見かけた。
今もよく雑誌で見かけるし、家の行事には出席してくるので、元気に過ごしてはいるのだろう。
いまだに分からない。腑に落ちない。
どうして父は、俺達家族がいるのに――あんな女との不義の子を。
やるせない思いが胸の奥で渦巻く。と、父が突然口火を切った。
「十。お前は――この家を、背負えるか」
「父上――?」
「――人を殺してでも、家を守れるか」
「どういう意味ですか――父上?」
「…………いや、いい」
それきり黙り込んでしまった。
部屋を後にした俺は、父の言葉を何度も何度も反芻する。
一体どういう意味なんだ? 父は俺に何を伝えたかった?
動揺を隠しきれない俺の横を、黒髪の小さな少年がきゃっきゃっとはしゃぎながら通り過ぎて行った。確かあの子は、使用人の三々倉の息子か。子供はいいな――無邪気で。
俺も――いつまでも子供のままでいたかった。家族達と平和に過ごし、大切な幼なじみと気兼ねなくうちの庭を駆け巡っていた、あの頃のままで。
千の存在を――どうしても認められない。
彼が家に来てから、全てがおかしくなってしまった。
俺は夢想する。金色の髪に白磁の肌をした美しい青年の姿を瞼に浮かべながら。
――もし悪魔というものが実在するとしたら。
きっとあんな姿で現れるに違いない、と。
数多町七十刈探偵舎
幕間『千姿万態』 ~それぞれの思惑~ (終)
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