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幕間「かみにまつわる」その三~一髪千鈞~
「なぁミル、バイトしよ!」
五ツ橋大学の帰り道。
唐突に我が親友、五夢が誘いを投げかけてきた。
「いや、バイトって言っても……ぼく、無償ながら探偵舎で働いてるし」
掛け持ちなんてとんでもない、と断ったものの「時間は取らせない」「二時間程度で終わるバイトだから」と言い張り、ぼくの手を引っ張ってすたすたと数多商店街のほうへと歩いて行く。
妙なバイトじゃないだろうな――と不安になりかけていた頃、豪華なフラワースタンドの立ち並ぶ、古い商店街にはやや不釣り合いなお洒落全開の店舗の前でようやく立ち止まった。
「ここ――先月新しく出来た美容院じゃない。どうしたの?」
ぼくが問うと、五夢はまだ分からないのかという表情でこちらを見てくる。
「だから、カットモデル! 次号のアマタナビに載せたいからって頼まれたんだよ。ここのオーナーが前に通ってたサロンで超仲良しの人だからさ。頼むよ~」
ちょうど髪の毛も伸びてきたし、さっぱりした万世先生の髪を見て自分もそろそろ散髪しようとは思っていたけれど、まさか突然機会が巡ってくるとは。しかもカットモデルということもあり、宣材になる代わりに施術料は無料だと言う。
「髪の毛、切りたいと思っていたし良いけど、五夢みたいに色とりどりの髪には染めないよ? それでもいいなら」
ぼくは生まれつき肌が強いほうではないので、少しでも肌に合わないものを付けると湿疹が出るのだ。それに、ぼくが突然アバンギャルドな髪型にしたら古風な万世先生を驚かせてしまうかもしれない。
「オッケー。カラーは無しでカットだけでいいよ。いい感じのイケメン連れて来るだけで有難いってことらしーし」
「でも何で五夢じゃなくてぼくなの?」
「ボク、先週この髪型にしたばっかだしさ。割と気に入ってるからまだ変えたくないんだよね~」
彼はおおよそ一か月単位で髪型や髪色をころころ変えている。それを見た万世先生が「二月君はかみれおん、ですね」と不思議なあだ名を付けた程だ。
今はピンクオレンジのインナーカラーを入れた茶色いショートボブスタイルになっていて、背の低さも相まって一見すると女の子のように見える。
「と言うことで、友達のイケメン連れて来たんでシクヨロ!」
雑な紹介と共に入り口のヨーロピアンテイストの扉を勢いよく開け放つ親友の後に、慌てて続いたのだった。
数多町七十刈探偵舎
幕間「かみにまつわる」その三
『一髪千鈞』
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