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「あっ、この子。時々いつむ~みん★ とのツーショ写真バズってるお友達クンじゃないの。『隣の子誰?』ってよく聞かれてるよね」
「そっそ! オーナーには前から超世話んなってるからさぁ。選りすぐりの映え男子オブザイヤー連れてきたってワケ♪」
「普通だって……あんまりハードル上げないでよ、五夢」
カットをしてくれるのはここの男性オーナーではなく、もう一人いる原さんという女性の美容師さんらしい。ドライカットの練習台も兼ねているそうだ。
一人残されるのかと思いきや、美容院というきらきらした空間が得意ではないぼくを慮って一応五夢も終わるまで待っていてくれるらしい。
ケープを巻かれたぼくの隣で、さっそく五夢が別の派手髪なアシスタントさんと流行りのヘアスタイルやカラーの話題で盛り上がり始めている。ぼくには分からない世界だ。
そもそも髪を切られるのは慣れていない。アパートで母と貧乏暮らしをしていた頃は、自分でちょきちょきと伸びたところを切り揃えていた。七五三家の一員になってからは、時々お抱えの理容師さんがやって来て最低限の身だしなみを整えてくれていた。でも伸びた部分を少し切る程度で、あっという間に終わらせていたから、おしゃれには程遠い。
色々とカウンセリングやアレルギーの質問を受ける。専門用語や特有の小洒落た雰囲気に気圧されてうまく答えられずにいたら、
「ミルミルは格好良いから何でも似合うけど、奇抜な髪型は好まないから地毛のハニーブロンド生かしたナチュラルな感じでヨロ! あとキツイ薬剤系は肌が弱いからナシでね」
とぼくの代わりに五夢がさっと指示を出してくれた。こんなに友達が心強いと思ったことはない。
「もーミル、何そんなカタくなってんのさ! 素材はバツグンなんだから堂々としてなって。ばちっとイイ感じにしてもらってカピセンセーに『僕の助手マジカッケー!』って褒めてもらおーぜ!」
「先生そんな言い方しないし。そりゃ褒めてもらえたら嬉しいけど……先生、お仕事以外では他人の外見には無頓着っぽいんだよね。ぼくがどんな格好しててもほぼ無反応だしさ」
助手として隣に並び立てるように山高帽に蝶ネクタイ、チェックの乗馬パンツ姿の『探偵コーデ』をした時は、ほぼほぼスルーだった。
前にぼくが『認識汚染対策』で派手なスーツ姿の仮装をした時も、万世先生は微妙な顔でみぞおちの辺りがそわそわすると言ったきりだった。先生の中で良かったのか悪かったのかさっぱり分からない。
オクライオンと特攻服を着た五夢のことは誉めていた。きっと不釣り合いなスーツに「着られている」ぼくは、先生の感性ではあまり格好良くはなかったんだろう。いくら張りぼてで取り繕ったとしても、先生の目はいつだってその奥の真実を見抜く。
「ソレ、実装が追い付いてないだけじゃね? すすんで表に出すタイプじゃなさそーだし、根気よく聞いてみたら言葉にしてくれるかもよ。あのヒトさ、ミルのこと実は結構気にかけてると思うんだよね。なんかそんな感じするわ」
「え、本当にそう思う? どのへん根拠に?」
「んー……イツムズ・ヤマカン・スペシャル、ってやつだな!」
「ただの勘かよ!」
そんなやりとりをしていたらアシスタントさんが「おっ、恋バナですかー?」とタイミングよく混ざって来たので「いえ。そういうのじゃないです」と咄嗟に一刀両断してしまった。その手の話題と、ぼくの中の崇高な感情を軽はずみに一緒にされたくなくて。
恋バナという俗っぽい単語を聞くと、亡き母や、誘いをかけてきた女の子達の食虫植物みたいなねっとりした視線を思い出してしまうのだ。彼女達のように、理性的な生き方を放棄して本能のままになりふり構わず生きている様子が心底苦手だ。
女の子大好きな自称『愛の狩人』の五夢には悪いけれど、ぼくには正直愛だの恋だの全く理解出来そうにない。呪われているぼくには只でさえ縁遠い。
だからこそ、人間の三大欲求すら放り投げてひたむきに謎と向き合う先生のストイックな生き方を見ていると気持ちが落ち着く。柔らかさの欠片もない痩せぎすなあの背がぼくの心の安全地帯なのだ。
神域を侵されるわけにはいかない。
勘違いを是正すべく、尊敬してやまないお方にどうしたらもっと気にかけて頂けるのかを純粋に思案していたところなのだと説明したら、何故か五夢が横で腹筋を震わせていた。笑いを堪えているらしい。
至って真面目な話をしているだけなのに。
彼の笑いのツボは時々分からない。
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