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最初は肩に力が入っていたぼくも、美容師のお姉さんに料理の話や『おうちで人の髪の毛をうまく切る方法』などを教えてもらっているうちに、徐々に緊張がほぐれてきた。さすがはプロだ。淀みなくハサミを動かしながらも、相手に合わせて小気味よく話題を振ってくれるので退屈することがない。カットとトークの職人技だ。
だんだん店内を見渡す余裕が出てきたので、目線をきょろきょろと動かしていたら、鏡越しに美容師さんと目が合った。
「どうです? リラックス出来てますか?」
「はい、お陰様で。それにしても、お話上手ですよね。ぼく、仕事柄色々な人と話さなきゃいけない機会が多いので勉強になりました」
「お仕事何されてるんですか」
「探偵助手です。――迷宮通の奥にある事務所で先生を手伝っているんですよ」
「あぁ! 商店街の方にウワサは聞いたことありますよ。ニュースになるような難事件を解決しているそうですね。私もここに通い始めたばかりなので、この街にあまり詳しくないんですけどね」
またご活躍を教えてくださいね、と言いながら微笑まれる。
いつの間にか、美容師さんの確かな技術と人柄を信用し始めている自分に気が付いた。
よく考えると、身動きできない状態で刃物を持った人に長時間身を預けるなんて本来なら勇気の要る行動だ。喉を搔き切られかねない。ツグセンが指摘するように『髪』と『精神』が近しいものなら尚更だ。時代が時代なら理髪師を装った殺人鬼――なんてものも存在したに違いない。
お客さんに安心して利用してもらう為に、きっと色々努力しているんだろうなぁ――と感心していたら、俯いた視線の先の足下に自分の金色の髪の毛の破片が散らばっていることにふと気が付いた。
万世先生に言われた「七五三君も気を付けてくださいね」という言葉が脳裏に蘇る。
「素朴な疑問なんですけど、切った後の髪の毛ってどうやって処分してるんですか?」
出来れば自分で片付けてゴミを持ち帰りたいんですけど、と申し出てみる。万世先生は妖の業者さんに依頼して念入りに燃やしていた。髪や爪のような体の一部は呪術の依り代になりかねないからだ。助手のぼくも一応気を付けておいたほうがいいかもしれない。
何気なくぼくが聞いた途端、お姉さんが「えっ?」と短く声を上げた。襟足を滑るハサミがぴたりと止まる気配。何かにひどく驚いているらしい。そんなに変なことを言ってしまっただろうか。
「あ――普通は美容院で自分でゴミ片付けたりしないですよね。逆にご迷惑だったらすみません……」
「あっ。いえ。私こそごめんなさい。他にお客さんも居ないし、別に片付けを手伝って下さるのは構わないんですけど……。
実は少し前に全く同じ質問をしてきたお客さんがいらっしゃったんです。なので、すごい偶然だなってびっくりしてしまって」
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