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思考を巡らせている内に、カットとスタイリングが終わっていたらしい。「出来ましたよ」と言われて鏡を見るとほんの少し前髪に角度がついて後頭部がすっきりした髪型になっていた。
そのまま仰々しい照明機材の前に立たされたぼくは、どこか上の空のまま、美容院のオーナーに色々な角度から撮影されることとなった。
「あ、ミル終わった~? ……うわあ、ナチュラルマッシュも超似合うじゃん。重ためバングと前下がりのシルエットがこなれ感あってイイ!」
親友が何を言っているのかさっぱり分からないけれど、とにかく良さげな感じになっているようなので、ほっと胸を撫で下ろす。奇抜な髪型ではないので万世先生を驚かせてしまうこともなさそうだ。
小さなホウキとちりとりを借り、散らばった自分の髪の破片を掃除する。ゴミはそのままビニール袋に詰めて持ち帰らせてもらうことにした。怪訝に思われるんじゃないかと懸念していたけれど、「エコ男子ですねー」なんて都合良く解釈してもらえたので助かった。そうなんですエコなんです、と精一杯の愛想笑いを浮かべる。
「今日はどうもお世話になりました。写真、使えそうですか?」
「うん。良い宣材写真が撮れたので助かったよ。カメラを意識しないアンニュイな表情が特にいいね。抜け感があって」
それはずっとぐるぐると考え事をしていたからで――というのは言わずに置いた。来月のアマタナビに掲載させてもらうので宜しくね、といい香りのついたお給料袋を手渡される。短時間のアルバイトと言えど、給料分の仕事を無事にやり遂げられたなら何よりだ。一つ自分のレベルが上がった気がした。
「原さんも、もし身の回りで変なことがあったら相談してくださいね。これ、うちの探偵舎の名刺なので」
「数多町迷宮通一番地の、七十刈探偵舎さん――ですね」
「ええ!」
新調した名刺を手渡す。以前先生が使っていた手書きの墨文字のものと違って、きちんとデザイン業者に頼んで誂えた名刺だ。先生の帽子と探偵猫の億良のシルエットが入ったロゴ。勿論ふりがなも振ってあるし、電話番号や住所、メールやSNSのアドレスまで載っている。先生の名刺は肝心の情報が抜け過ぎていたから。
一仕事終えたことに満足して美容院を出ようとした時。
ふと違和感めいた感覚にとらわれたぼくは、ふと顔を上げた。
そして気付いてしまった。
「え。まさか――?」
出入り口のドア横の柱の上のほうにさりげなく貼られた『メメメシール』の三つの目が、ぼくらをずっと見張っていたことに。
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