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五夢がそのまま探偵舎へ寄るというので、二人で肩を並べて帰路につく。あまり顔色が良くないぼくのことを慮ってか、五夢が背伸びして覗き込んできた。フチありカラーコンタクトの入った大きなアーモンド形の瞳が、光を湛えながらぼくを捉える。
「どったのミルミル? さっきハラちゃんが言ってた不気味な客のこと、まだ気になってんの?」
「……うん」
「あんま考えすぎるなって。ボクもついカピの姿浮かんじゃったけど、大学にもオールブラックコーデの男子たまにいるしさ」
「ぼく――最近、犯罪者の気持ちになって物を考えてみることがあるんだけどさ」
探偵助手としての修行で始めた思考法だ。『思念への感応能力が高い』という、先生に見出していただいた強みを生かそうと考えたのだった。自分自身も悪事を犯すくらいのつもりで――思考を潜らせ、想像し、悪人に共鳴してみる。不健康だし、深淵を覗き込むような気持ちになることもあるけれど、得るものも多い。
「木を隠すなら森の中。本を隠すなら図書館。死体を隠すなら墓地や死体置き場だ。だったら――質問を隠すには沢山の質問の中に混ぜるのが最適ってことになる。本当の意図が分かりづらくなるから」
「えーと。つまり、どゆこと?」
「例のフード男が知りたかったのはきっと――『あの店で万世先生の髪の毛が手に入るどうか』だ。あとの質問はフェイクだよ。つまり先生の動向を探ってるってこと」
関係ない質問を沢山することで攪乱したつもりだったのだろう。その上、先日大学でぼくらを襲った木偶人形と同じような『認識汚染』の術で、自らの外見を認識させないようにした。ぼくらが偶然あの美容院を訪れていなければ、美容師の原さんの記憶力が良くなければ、こんなふうに事態が明るみに出ることも無かったに違いない。
「それ、マ?」
「呪術ってさ、体の一部を術の核にするらしいんだよね。だから髪の毛が敵対する術師の手に渡ると、術が完成して呪い殺されてしまうらしいんだ。だから処分に気を遣う。髪の毛を奪られちゃいけない黒づくめの男の人なんて、ぼくはこの町で万世先生しか知らないよ」
探偵は只でさえ恨みを買いやすいお仕事だ。しかも先生は呪いの類を扱っているから余計に危ない目にも遭いやすいに違いない。
でも、それだけじゃない感触がする。
「先生さ。昔あった大きな事件の生き残りで、犯人を探してるらしいんだ」
以前、アカシヤキングダムで『アカシヤ』の社長が語ったことだ。全滅した『七十刈村』の唯一の生き残り。村ごと消えたミステリー。その犯人を見つけて『なぞ』を解き明かしたいと宣言していた――万世先生。
もし犯人も先生を探しているとしたら。もうこの数多町に辿り着いているとしたら。この町を中心として急速に広まっている『メメメシール』すらも監視の為だったとしたら。
「確証はないけど、『メメメシール』は――その犯人の仕業かもしれない」
「それだとさ――巷で大流行中の『マジナイチャンネル』が敵ってことになるじゃん? 『メメメシール』ってあのチャンネルのノベルティだし――正直、やばくね?」
「――めちゃくちゃやばいとは思う。だけど……」
迫りくる巨大な闇の気配に身震いした。
少し前のぼくなら――『無力なぼくが先生の傍に居てもいいのかな? 足手まといにならないかな』なんて考えただろう。大切な存在がまた失われるかもしれないと怯えるだけだっただろう。でも、今は違う。
あの人をむざむざと殺させるわけにはいかない。ぼくはぼくの持てる最大限の力で、『呪われた性質』すらも利用して、大切な人を生かさなくてはいけない。そのことが、ぼく自身の『呪われた性質』を乗り越えることにも繋がると思うから。
先生は、ぼくが居ないと――駄目なのだ。
「不思議と怖くはないんだ」
ほんの少し風通しの良くなった金の髪の間を、秋の乾いた風がざわりと撫で上げて通り過ぎていった。
幕間『かみにまつわる』その三(終)
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