第十五話「わたのこころ」~呪いのぬいぐるみ~

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 そんなわけで。  今日もここ『七十刈(なそかり)探偵舎(たんていしゃ)』に悩める人がやって来た。 「実は、子供の頃から一緒だったぬいぐるみなんですけど。一人暮らしするのを機に捨てようと決心して、捨てたんです。なのに、ゴミ捨て場にちゃんと捨てたはずが、帰宅したら家の前に帰ってきてるんですよ。もう二回も。明らかに呪いの人形じゃないですか。それで、怖くなって……呪いを解いてくれる探偵事務所があるってピンスタグラムで知って、来たんです」  怪談とかでよく聞く話だなぁ、と耳を傾けながら、ぼくは客人の女性にお茶を振る舞う。ところが彼女は右頬に手のひらを当てたまま、顔をぎゅっとしかめて一向に出したお茶を飲もうとはしなかった。歯でも痛むのだろうか。 「そのぬいぐるみは今日、どちらに?」 「ここまで連れてこようと思ったのですが、動かなくなっていて。何かでぴったりと接着されたみたいに、部屋の床から離れないんです。もういっそ、そのまま実家に置いておいてもいいのですけど――ちょっと気味悪いし」  万世(まよ)先生の隣で話を聞いていたけれど、どうにも納得いかない。 「ぬいぐるみって――要するに無機物ですよね。それが戻ってきたり、離れなかったり、自由自在に出来るんものなんでしょうか?」  もし本当にそうだとしたら、ちょっとロマンチックで羨ましい話じゃないか。大切にしていた道具がずっと自分についてきてくれるなんて、ぼくならずっと可愛がるのにと思う。 「……『付喪神(つくもがみ)』と言って、長く大切に使った品に念が沁み込んで人格が宿ることはあります」 「じゃあ、良い現象じゃないですか!」 「それ以外にも――人形やぬいぐるみは(しゅ)憑代(よりしろ)にもよく使われます。生けるものの形を模した『(から)の器』には、想念を込めやすいですから。……善悪問わず」  以前、大学で『木偶(でく)人形』に襲撃されたのを思い出す。何者かが危険な認識汚染の(しゅ)を込めて動かしていたんだった。 「……やっぱり。あの子変なんですよ。呪われてるんです。子供の頃から手放せなかったのも、手放したらなんだか怖い事が起きそうな気がしたからなんです。それで、捨てるに捨てられなかったんです」
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