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三日後。
引っ越しも落ち着いたので実家へ来てほしいとの連絡が入り、ぼく達は揃って依頼人の家へと向かった。外周のパトロールの為に一足先にするりと軒先に入り込む億良を見届け、チャイムを鳴らした。
現れた依頼人は、ぼくらの様子を見て戸惑っている。
「ええ!? 増えてる……! しかもあの『いつむ~みん★』がなんでうちに!? ちょっと待ってちょっと待って心の準備が」
どうしようどうしよう、と彼女は焦った様子だが、五夢は気にも留めない。明るい調子で挨拶するとスタスタと他人の家へ上がり込んでいく。
「てか、ボクのこと知っててくれたんだアリガト! 改めましてピンスタでお馴染みのいつむ~みん★デース。増えてるんですけど、おかまいなく~」
「一人増員になってすみません。彼も今回の依頼を手伝ってくれるそうなんです。ぼくも彼も邪魔をしたりしませんので。きっとお役に立ってみせます!」
とりあえずお詫びを入れるものの、そういうことではない、という表情をされてしまった。そういえば、五夢はSNSでは有名な『おしゃれジェンダーレス男子』インフルエンサーで、いわば半分芸能人だ。すっかり『芸能人のお宅訪問ドッキリ』状態というわけだ。
「すみませんが、ぬいぐるみの所まで案内して頂けますか?」
先生が急かすと、一瞬本題を忘れていたのか「すぐに案内します」と言っていそいそと案内してくれた。
通された場所は彼女の自室で、淡いピンク色を基調とした家具を揃えた可愛らしい印象の部屋だった。棚の上に大小様々な種類のぬいぐるみがずらりと等間隔に飾ってある。右端にだけ妙な隙間があるのが少し気になった。どのぬいぐるみがそうなんだろう。見た目だけでははっきり分からない。
「で、どの子が該当のぬいぐるみなんですか?」
ぼくが問うも、彼女は何故か答えられない。驚いたように棚の一点を見つめてその場に立ち竦んでいる。唇をわなわなと震わせながら。
「そんな、嘘……まさか……」
「――この中には、居ないのでしょう。その子は」
万世先生が静かな口調で告げた。何かの気配を感じ取るように目を伏せ、右手をかざしている。
「はい、いません……でも、一体どうして」
「え? まさかここに置いてあったのに居なくなったパターン? やっべ超コワじゃん! まじオカルト!」
賑やかにはやし立てる五夢の足を、ぼくがぎゅうと踏みつけて制止する。
「いつむ~みん★の言う通りです。この棚の、右端の定位置に置いていたんです。皆さんをお迎えに行く前までは確かにちゃんと居たのに……」
彼女はそう言うとまた小刻みに震え出した。とても怖い思いをしているのだろうが、肝心のぬいぐるみそのものが無いと手の施しようがないのだ。なだめるように、五夢が明るい調子で話しかけながら肩を優しくぽんぽんしている。五夢に体重を預けながら、徐々に落ち着きを取り戻したらしい。依頼人の表情が少し緩んだ。
「でも一体ぬいぐるみはどこへ?」
「まさか、隠れた? カピに退治されるからってビビったんじゃね?」
「じゃあすぐにこの家をくまなく探したほうが――」
ぼくが促そうとしたら、先生が突然立ち上がり宙に向かって喋り出した。普段口をあまり動かさずにぼそぼそ喋る先生にしては、やや張った大きな声で。
「――もしもし。億良。聞こえますね。家の周辺は異常ありませんか」
パトロールしている億良に語りかけているようだ。すると、部屋の窓の外から見慣れたベンガル種の猫が「にゃぁん」と顔を出した。彼女は『時司』という探偵一族の所から来た、優れた探索能力を持った探偵猫なのだ。
「……そうですか。ごくろうさまです」
報告を受けて合点がいった様子の先生は、じっと何かを思案している。
「ぬいぐるみは、もうこの家にはいないようです」
「えっ。じゃあ、これで一件落着ですか?」
彼女を苦しめていた呪いのぬいぐるみが自ら姿を消してくれたのだ。何よりではないか。しかし先生はまだ険しい顔で窓の外を眺めている。
「……いいえ。まだ終わってはいません。
すみませんが、ご新居のほうへ伺っても宜しいですか。嫌な予感がします」
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