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新居までは、つかまえたタクシーで十分程の距離だった。
歩きだと一時間以上かかるだろうから、この時間短縮は大きい。
バス停そばの四階建てマンションの前で下ろされた。電車の無い数多町ではバスでの移動が盛んなので、
「バス停前のマンションなら便利ですよね」
「あ。そうなんですよ。実家からだと結構職場まで遠くて」
などと感心しながら話していた。が、どうやらのんびりしている場合ではなさそうだ。エレベーターで昇り、依頼人がドアを開けると、霊感の無いぼくや五夢でさえも少し嫌な感じがした。
「……やはりこちらでしたか。皆でぬいぐるみを探しましょう。特徴は?」
万世先生の質問にはっとする。そういえばぬいぐるみの形状や大きさなどを、まだ全く聞かされていない。知らないものは探しようがない。
「あ。そうですね。手縫いの、うさぎのぬいぐるみです。ちょっと特徴的な顔立ちで――子供が抱っこできるくらいのサイズです」
「分かりました。では、早速探しましょう」
「うっし! まかせといて!」
ここは動物禁止のマンションなので、探し物が得意な億良は入口で待機している。今回ばかりは彼女に頼ることが出来ない。
ぼくと五夢でリビングを捜索し始めた頃、ベッドルームから先生の呼ぶ声がした。慌てて駆け付けると、ベッドの上にやや歯の出っ張った顔のうさぎのぬいぐるみが待ち構えるように鎮座していた。
「……ひぃっ! 連れてきてないのに!? この子! この子です!」
「――やはり、新居までついて来てしまいましたか」
大の大人である先生と、うさぎのぬいぐるみが見つめ合っている。何も知らずに見ればメルヘンで可愛らしい光景にも見えるが、万世先生の表情は張り詰めた弦みたいに強張っている。先生上級者のぼくには、僅かな表情変化がすぐに察知できた。事態はかなり緊迫しているらしい。
「……少々荒療治になります。貴女はあちらで待っていてください」
そう言って依頼者をリビングへと誘導したが、一人きりでは怖いと言うので、代表して五夢が彼女と一緒に待機することになった。
「ミルいいなあ、ボクだってカピの仕事間近で見たいのに~」と言っているが、適材適所だ。閉めたドアの向こう側からさっそく笑い声が聞こえてくる。冗談か何かで彼女を和ませているのだろう。
ぼくなんかと一緒にいるより、五夢のほうが人を明るく元気づける力があるのだ。
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