第十五話「わたのこころ」~呪いのぬいぐるみ~

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「ところで七五三(しめ)君」 「はい」 「君、裁縫の腕前はいかがでしょうか」  先生の突然の問いかけにびっくりしたが、反射的に「(つくろ)いものくらいなら」と答えた。 「十分です。では――」  先生はいつも持ち歩いている商売道具の入った革トランクから、大振りのハサミを取り出すと、予備動作無くいきなりウサギのぬいぐるみに飛びかかった。ぬいぐるみは一瞬かわすように素早くベッドの上を転がろうとしたが、何故か突然ぎこちなくうごうごと震えてその場に留まった。布の中で何かが無作為に暴れるような妙な動き。  間合いを詰めた先生が、包帯を巻いた左手でその体を押さえつける。 「このぬいぐるみを――解体します」 「解体!?」  ぼくも駆け寄って、先生の背中越しにぬいぐるみをまじまじと観察する。  灰色のふわふわした生地に、不揃いだが丁寧なグレーの縫い目。見る限り、市販のものではない。あまり裁縫が得意でない者が一生懸命に手作りしたように見える。先生が右手の指で縫い目を辿っている。  と、うさぎの腹の辺りに明らかに様子のおかしい縫い目が現れた。そこだけ異様に粗くて乱暴なタッチなのだ。糸の種類や色も違う。まるで違う誰かが縫い直したように。 「少しの間、押さえていてくれませんか。手袋はしてくださいね」 「ええ、分かりました!」  ぼくは手袋を嵌めてうさぎのぬいぐるみを押さえ込む。暴れ出す様子は今のところ無い。先生の銀のハサミが閃きながら、粗い縫い目の部分を切り(ほど)いていく。縫い目を切り終えると、先生自身も黒い手袋を嵌めて、中に詰められていた綿を引きずり出した。  すると。 「先生、これって――」  思わぬ中身を見て、ぼくは言葉を詰まらせてしまった。  白い綿のかたまりに混じって、ぬいぐるみの中から沢山の小さな歯がからからとこぼれ出てきたのだ。 「人の乳歯です。悪質な呪詛を組むための材料としてよく使われるものです。強い恨みの念が込められている」  先生はそれを摘み上げ、いつも持ち歩いているレトロな銅の虫眼鏡で一つ一つ確認している。 「ということは――」 「やはり、ただのぬいぐるみではなかったようですね」  集めた全ての乳歯を白い布に包み、先生が何やら呪文のようなものをぶつぶつと唱えている。前からずっと気になっていたが、耳を澄ましても未だに何を言っているのか全く聞き取ることが出来ないのが不思議だ。祝詞ともお経とも違う気がする。どこの言葉かも分からない。音がうまく頭の中で像を結ばない。つまり認識出来ないのだ。 「――さあ。()せてください」
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