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ぼくらがベッドルームの扉を開けると、依頼主と五夢がにこやかに駆け寄ってきた。大手術が終わった後の執刀医みたいな気分だ。実際似たような処置をしたわけだが。
「終わったんですね? ありがとうございます!」
「めちゃ静かだったから途中大丈夫かな~って思ったけど、うまくいったみたいで良かったわ! 今回はオレの昇り竜出る幕ナシだったな~ちぇ~」
あれだけぼくが大声で叫んでいたのに、隣の部屋には全く聞こえていなかったらしい。強力な呪詛の力は空間さえも歪めてしまうのかもしれない。
「ええ終わりました。このぬいぐるみの問題は無事に解決しました。あとは――このぬいぐるみを貴女が持っておくか、手放してしまうかを決めてください」
元通りの張りを取り戻したうさぎのぬいぐるみを手に先生が選択を迫ったので、ぼくと五夢は思わず息を呑んだ。
「手放します……元々捨てるつもりでしたから」
彼女はあっさりと答えたが、先生は再度確認する。
「では、このぬいぐるみとの思い出も、一緒に捨ててしまいますか? ……本当に、何か思い出すことはありませんか?」
先生の質問の意味がよく分からない。どうして過去まで一緒に捨ててしまうことになるのだろう。さっき垣間見た恐ろしげなビジョンの断片が、パズルのピースのように頭の中でちらつく。
彼女は暫く悩ましげに頭を抱えていたが、やがて思い当たることがあったらしい。重い口を開き始めた。
「そうだ。……そうだった。あれは私の誕生日の日です。同級生から貰うはずだったプレゼントのぬいぐるみを、そのお母さんが持ってきてくれたんです。彼女が亡くなった翌年に。その子、私の誕生日に亡くなったんです。……お誕生日会に招待していて、向かう途中で交通事故に遭って……私、どうしてそんな大切なこと忘れてしまってたんだろう……すごく仲良しのクラスメイトだったのに……」
同級生のお母さん、というキーワードにハッとする。万世先生がぼくの動きを遮るように、口を開いた。
「抱えきれない辛い出来事があると人はその記憶を閉ざしてしまう、と聞いたことはあります。『心』を守るためだそうですね。貴女も、その子の存在ごと封じ込めてしまっていたのでしょうね」
「……このぬいぐるみを恐ろしく感じたのは、私がずっと忘れてしまっていたことへの罪の意識を封じ込めていたせいかもしれませんね。この子がずっと私についてきたのは、彼女の『気付いてほしい』『忘れないでほしい』っていう想いだったのかも」
「……そう感じたのなら、それが貴女の『答え』ですよ」
涙ぐみながら、依頼人がうさぎのぬいぐるみをぎゅっと腕で抱きしめる。
「大丈夫。もう大丈夫だよ。もう忘れないから。ちゃんと抱えて、前に行くから。だから――今までありがとう、XXXX」
何度も何度も同級生の名前を呼びながら、彼女の涙が灰色の綿の体を濡らしていくのを、ぼくらは黙って見守っていた。
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