第十五話「わたのこころ」~呪いのぬいぐるみ~

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「では、これで僕達の仕事はお仕舞いです」  謝礼を確認し終えた先生が、ぼく達に撤収の合図を出した。うさぎのぬいぐるみを小脇に抱えて立ち上がる。  結局ぬいぐるみはぼく達が預かって持ち帰ることになった。解呪済みとは言え、つらい記憶を想起させる物品を傍に置いておきたくないのかもしれない。こんなふうにして、探偵舎の『解呪済みの品々』は増え続けているのだろう。色々な人達の思い出や想いの墓場みたいに。  マンションを後にしながら、ぼくはまだ少しモヤモヤしていた。町外に住む五夢(いつむ)を見送った後の道中、先生にあらためて問いかけることにした。 「先生。本当のことを、彼女に教えてあげなくてよかったのですか。」  ぼくが黒いもやの中で見た若い女性は、きっと同級生の母親だ。  依頼人の誕生日会の為に出かけて、我が子が交通事故に遭った――そのことで、依頼人を恨み続けているに違いない。遺留品のぬいぐるみに恐ろしい呪詛を仕込んで、彼女を呪い殺そうと長年脅かし続けてきたのだ。 「……告げたら、それこそ術をかけた者の思う壺です。(しゅ)は対象が呪われているのを認識することで、効果を高めるのですよ。僕には人の『心』というものはあまり分かりませんが――この処置で、正解です」 「術者は――同級生の母親はどうなるんです? 危険な術で人を殺そうとしたのに、何の罪にも問えないなんて悔しいです。どんな事情があっても、他人を呪うなとはっきり言ってやりたいですよ」  さっきの依頼人が呪われ損な気がして、気の毒になったのだ。 「解呪したことで、少なからず影響は出ているはずです。呪は『心』に作用するものですから。強い恨みを差し向けていた分、反動で自らの犯した『罪』を深く意識している頃でしょうね。――もうこれ以上は、他者が口を差し挟める域ではありません」 「でも、おかしいですね。そんなに強い恨みの念を込めたのなら、もっと早く何か起こってもおかしくない気がするんですけど」  捨てても捨てても戻ってくる、その場から動かなくなる、手放そうとすると怖い感じがする――というのは確かに怪現象には違いないけれど。特段依頼人の身には不幸な事象は起こっていなさそうだ。ちゃんとした呪術師ではなく、素人が見よう見まねで組んだ呪いだから効力が薄かったのだろうか? 「……七五三(しめ)君。少女の声が聞こえませんでしたか」  少女の声。ぼくは頷く。恐ろしい女性の怨磋(えんさ)の声の合間で、『駄目』と必死に何かを止めようとしているその声が、脳裏に鮮やかに思い出された。 「ぬいぐるみには――相反する二つの念が宿っていたのですよ。  依頼人のことを呪い殺そうとする同級生の母親の呪念と――それを止めようとする同級生の子の想念が」  
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