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扉をそっと開く。
視界に、廊下の中央で波打つ大きな影を捉える。
ツクモが言っていたみんな――確かに幾匹もの猫の気配はするものの明らかに異常な様相を呈していた。表現するならば、沢山の『猫であったもの』の念が重なり絡まり合い、ずるずるに変質した赤黒い肉の集合体。すさまじい血の匂いと腐臭をまき散らし、無数の腕と脚を蠢かせながら、辛うじて一かたまりの獣の形を成している。
『コロシタ…………』
その脇で倒れ伏しているのは、作業服を着た人間のオス。ツクモが『アイツ』と呼んでいた、猫獲りの犯人に間違いない――喉元に深々と大振りの刃が刺さったまま、既に事切れている。
『ソノ、ハモノデ、コロサレタ』
『オナジヨウニ、コロシテヤッタ』
『タスケテ……クルシイ……コワイ……タスケニキテ……』
同胞たちは、複数の声音で、次々に喋り続ける。哀しげに。恨めしげに。苦しげに。痛ましげに。憤ろしげに。
『オウチニ、カエリタイ、オカアサンニ、アイタイ』
『ツライ……イタイ、ニンゲン、キライ、コロシテヤル……』
『ツクモダケデモ、タスカッテ、ヨカッタ』
『モウ、ボクハ、オレハ、トメラレナイ』
『ドウシテ、ダレモ、タスケニ、キテクレナイノ』
『ココカラ、ハヤク、ニゲテ――』
『ニンゲン、ミンナ、ニクイ、コロス、コロス……』
天井に向かって耳をつんざくような雄叫びを上げる『彼ら』の脇をすり抜け、ツクモの首根っこをしっかりとくわえると、私は手近なダクトへと飛び込んだ。狭い通風孔で二匹、突破口を探して一目散に駆け抜ける。
今、私が『探偵』として成すべきことはツクモの身の安全の確保だ。ここを脱出し、ツクモを無事に依頼人夫婦のもとへ送り届けなければならない。
そして『彼ら』のことを、この哀しき『儺詛』を、ナソカリに託さなくては。
居場所を逐一伝えてはいないが、ナソカリとて『なぞ筋』の一角。独自の調査できっとこの近くまで間もなく辿り着く頃だろう。
そしてナソカリには、今の凄まじい咆哮が確実に届いたはずだ。たとえこの世に生きる殆どの人間たちには聞こえぬ、幽冥の叫びだったとしても。
「この先だ!」
出口への通路に繋がりそうな孔を見つけて、飛び降りる。
すると、降りた先の重厚そうな鉄の扉が、向こう側から勢いよく開け放たれた。
「うわっ、え、億良? ……それに……ツクモ君!」
「説明は後です。七五三君、彼らを保護して下さい!」
「はい、先生!」
現れたのは我が仲間。ナソカリ探偵舎の――ナソカリと、助手のシメミル。私達はいい香りのするネットにそっと包まれ、シメミルのカゴの中に入れられ、ようやく久方ぶりの安寧を得たのであった。
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