第三話「にせもの」~怪しい骨董店~

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 ぼくの家――『七五三(しめ)』家は、自分で言うのも恥ずかしいけれど、一応この地域では名家と言われている。  明治時代に事業を成功させてたった一代で巨万の富を築いた初代の当主から続いている家柄らしい。数多町(あまたちょう)の東に隣接する『七五三町(しめちょう)』は、その名の通りぼく達七五三(しめ)一族と、家が経営する会社で働く人々が中心となって暮らしている町なのだ。  七五三町(しめちょう)はかなり近代的で便利な町で、バス停しかない数多町と違って電車の駅もある。駅にはショッピングモールが併設されており、県内でも開発地域に指定されている。しかしぼくが住んでいる本家の邸宅だけは中心部から離れた小高い山の上に建てられているので、通勤通学には不便すぎる立地なのだ。兄や姉は付き人の車で送り迎えされている。  ぼくは学生生活を存分に味わいたいのと、運転手付きの送迎がいまだに肌に合わないので、自宅からバスで数多町(あまたちょう)までやって来て、毎日大学まで歩いて通学している。  大学というのは大抵辺鄙(へんぴ)な場所に建てられがちだけど、五ツ橋(いつつばし)大学も例外じゃない。最寄りの電車の駅からだと徒歩五十分、数多町(あまたちょう)経由のバス停からだと徒歩二十五分――ぼくが小走りで急いでも十五分そこらはかかる。  そんな交通事情なので、去年大学の近くで一人暮らしをさせてほしいと打診してみたのだが「一人は危ない」という事情で家にあっさり却下されてしまった。家事は昔から慣れているので一人でも充分やっていける筈なのだが、そういう問題でもないらしい。  先生のところに通い始めてそろそろひと月。ぼくはようやく「一人は危ない」を覆せる理由を思いついた。一人暮らしがいけないというのならわけだ。  四月も終わりかかった頃のある晩。  慣例に従って大広間の長いテーブルに列席していた家の人達に「住み込みで働きながら学べる所に住むことにした」と告げる。  最初は反対の意見も多かったが、ぼくがお世話になっている民俗学科の都九見(つぐみ)准教授のお知り合いで、研究に協力もしている立派な人で、ぼくの学びたいことをたくさん実地で教えてくれて――などと色付けしながら懸命にプレゼンしているうちに、意外にも賛成へと靡いてくれた。  一族の中には、ぼくの姿が視界に入るだけで顔をしかめてしまう人だって少なからずいる。丁度良く厄介払いが出来る、くらいに考えているのかもしれない。 「(ミル)が学びたいと望むならばそうしなさい。今しか学べないものなんだろう」  最終的には今の当主――ぼくの父の一言で、承諾が下りることとなった。  明日から大型連休。  最終日には引っ越しを終えようと、ぼくは荷造りを始めた。  自宅と探偵舎を行ったり来たりしながら、少しずつ荷物を運び入れる作業にとりかかる。はじめて訪れた時はゴミやがらくたで溢れかえっていたこの平屋建ての屋敷も、片付けてみれば思いのほか広々としている。部屋がひとつ余っているのは確認済だ。先生はなぞ解き以外には無頓着だし部屋に閉じこもっていることが多いので、その隙に手早く搬入を済ませる。  そしてゴールデンウィーク半ばに、最後の仕上げである新しいベッドを業者に組み立ててもらい、作業は終了した。  ぼくの新生活に華を添えるかのように、丁度いいタイミングで七十刈(なそかり)先生が部屋までやってきた。例のごとく浮世離れした、魔法使いみたいな黒一色の装束をひらつかせながら。 「七五三(しめ)君。何なんですかこれは」 「今日から住み込みで働きます。宜しくね、先生!」  満面の笑みで先生の手をとり、熱烈な握手を交わす。腕を上下に振られながら先生は無表情で首を傾げたまま固まっている。 「はい? ……何も聞いていませんが」
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