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先生たちのご飯の準備もしなくちゃいけないしそろそろ帰ろうかなと思いかけた時、一番端の露店の前で足が止まった。
ぼくの『いわくつき』レーダーに引っかかったのは――『虫眼鏡』だ。
七十刈先生がいつも使っているのと、すごく似ている気がする。きらきらと光る銅の枠部分に不思議な蔓のような紋様。複雑な彫刻が施された木製の持ち手。サイズ感もそっくりだ。先生の挙動を日々細かく観察しているぼくが言うんだから間違いない。身を乗り出してしげしげと眺めていると、
「おやおやおやぁ?」
出店者らしき男の顏がいきなり無遠慮に目の前に迫ってきたので、ぼくはぎょっとした。マスクを付けていて表情は窺い知れないが、唯一見えている両目だけがニイと三日月のように細められる。
「熱心に見てくれているねぇ、素敵なオニイサン。――ソレが、そんなに気になるのかい?」
カラフルなトレーナーのフードを目深にかぶった店主が、値踏みするような目つきでぼくを捉える。大方、ぼくが骨董のことをあまり知らない素人の若造であることを見抜かれているのかもしれない。
「いえ――なんだかちょっと気になって」
「オニイサン、お目が高いね! コレ、相当な貴重品だよ」
「本当ですか! どういう品なんです」
「ククッ、何を隠そうコイツは悲劇の生き証人なのさ。何しろ滅びてしまったある『村』から持ち出されてきた、遺留物の虫眼鏡だからね。確かS県の――うーん、ドコだったかなァ」と店主がマスクに隠れた顎をさすりながら、胡乱な調子で続ける。
「そうそう! 山の奥の、地図にも載っていないような小さな村だ。ソコで有毒な火山ガスか何かが発生したって話さ。一瞬で村は飲み込まれてしまって村人は誰一人助からなかったらしい。あぁ、おそろしい話だね。危険だから今はもう出入りが制限されている、なんて聞いたよ。でもどういうわけか、彼らの形見が巡り巡ってこうして流れ着いてきたわけさ。キミ、そういう『いわくつき』のモノがお好きなのかな?」
悲惨な出来事を語りながらクククと笑う店主の様子に多少の違和感を覚えながらも、自分が『いわくつき』の品を選び取れていたらしいことに驚く。
言われてみれば、どこか凄惨さをまとった薄気味悪い品っぽく見えてきた。ぼくには今のところ霊感は無いはずだけど、もしかすると先生の傍にいるうちにその手の勘がちょっとずつ磨かれているのかもしれない。
生きていく上で危険なものやおかしなものを正しく察知する能力は欠かせない。先生の元で日々成長出来ているなら嬉しい限りだ。
「好きというか――実は、知ってる方の持ち物にそっくりなんですよね」
「ほぉ! これは興味深いご縁だねぇ。欲しいんならお安くしとくよ」
「うーん。でもそれ、有毒な火山ガス地帯から出てきたものなんですよね」
店主は指の腹で弄ぶように、光る銅枠の部分をツツツ、となぞる。
「今はこの通り。無害だから素手で触っても平気だよ」
「ちょっと今回はやめておきます。でも、後学の為に――参考にしたいので、写真を撮らせてもらってもいいですか?」
店主は変わらず目を細めたまま「どうぞどうぞ、ご自由に」と快諾してくれた。その代わり時々案内のダイレクトメールを送らせてほしいと言うので、胡散臭いけれど仕方なしにぼくの実家の住所と名前を台帳に記しておいた。
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