第三話「にせもの」~怪しい骨董店~

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 探偵舎の事務所に戻り、割烹着を付けて夕飯の支度をしながら先生の帰りを待つ。鰻の蒲焼きを温めていると、間もなく先生と億良(おくら)が匂いに誘われるように帰宅してきたので、食卓を囲み終えた頃合いでさっき買ってきたナギサルーペをプレゼントした。 「有難うございます。新聞を読む時は、眼鏡状のほうが読みやすそうなので、こちらのルーペを使わせて頂きますね」と緑のリボンをくるくる指に巻き付けながら、うっすらと喜びの表情を見せてくれたので、内心でガッツポーズをとる。 「重たくて古い虫眼鏡を使うよりよっぽど軽くて丈夫ですよ」 「僕がいつも使っているこの虫眼鏡は『なぞ』が解ける虫眼鏡なのですよ。だから僕にとっては重たくて古くても大切なものなんです」と、珍しく饒舌に語ってくれた。物をずっと大切にしている先生も素敵だ。 「ああ、そういえば先生。町の骨董市で気になるものをいくつか見つけたんですよ。先生にも是非写真を見てほしくて――」  腕試しをするわけではないけれど、ぼくが出逢った品々についてその道の専門家である先生の見解も聞いてみたくなったのだ。 「ほら、これです」  スマホのアルバムを手早く起動すると、先程骨董市で撮らせてもらった写真を先生に順番に見せながら、聞いてきた内容を語ってみせる。露店や店主たちの様子も交えながら。こくこくと頷きながらぼくの話を聞いていた先生の様子が――急におかしくなった。最後の『虫眼鏡』のところで。  先生はじっと画面を見つめたまま、絞り出すようなかすれた声で、 「これが――売られていたのですか」  と尋ねてきた。 「そうなんですよ。これ、先生の虫眼鏡にそっくりでしょう……先生?」 「店主の顏は見ましたか。性別は? 服装は? どのくらいの年齢で、どんな見た目でしたか――覚えている限りのことを」  矢継ぎ早に質問を投げかけられる。  ぼくの肩口を掴みながら詰め寄るように体を乗り出してくる。顔の近さにどきりとしながら、見た事のないような厳しげで思い詰めたような表情に思わず固唾を飲んだ。一カ月ほど助手として一緒に過ごしてきたが先生のこんな顔を目の当たりにするのは初めてだ。 「顔は、見ていません。フードとマスクで隠れていましたから。おじさんではないくらいの、男性です。カラフルで派手なパーカーを着ていました。テーブルの向こうに座っていたので背丈は分かりません。そうそう、話し方が特徴的で、なんだか耳につく気もしたけど――」 「七五三(しめ)君、話の内容を聞かせてください。出来るだけ、詳しく」  懸命に記憶の糸を手繰りながら、覚えている限りでその時の様子や店主との会話内容を子細に再現する。こんなことなら、店主たちの風貌も撮影させてもらえばよかった。そうすれば何か分かったかもしれないのに。またもや先生のお役に立ち損ねてしまった。 「S県の火山ガスで滅びた村で発見されたものと、仰っていたのですね」 「そんなに気になりますか? ぼくはその事故のことは全然知らなかったんですが、さっき帰りの電車でインターネットで調べても何も出てきませんでしたよ。念の為に『家』の使用人にも過去の新聞を調べさせてみたんですが、載っていなかったようなんです。地方紙にも。そこまで大規模な災害事故なら、どこかの紙面を賑わせているかなと思ったんですけど……」  帰り際にぼくなりに出来る範囲で調べてみたことを報告する。 「ぼく、骨董屋の店主にまんまと騙されたのかなって。地図に載らない小さな村のことは、新聞にも載らないんでしょうかね」 「――様々な理由で地図に載らずとも、存在している村は各地にあります。公になっている情報だけが全てではありません。しかし――。    その『虫眼鏡』は骨董品ではありません。偽物の、レプリカです」
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