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「偽物? どうしてそう思うんですか」
先生の突然の発言にびっくりする。スマホの画像とさっきの話だけでどうしてそんなふうに断定できるのだろう。
「二つ。明らかな違和感がありました」
先生が、長い黒衣の袖口から覗かせた人差し指と中指をぴしっと立てる。
「まず一つ。七五三君。虫眼鏡の写真をもう一度見せて下さい」
分かりました、とぼくがふたたびスマホを取り出す。先生の虫眼鏡と瓜二つな、銅製の虫眼鏡の写真。
「火山性ガスには水蒸気や二酸化炭素、一酸化炭素の他に、二酸化硫黄や硫化水素が含まれています。本当に火山ガスによる事故の遺留品なら、銅の虫眼鏡は硫黄の成分と高熱で『硫化銅』となり黒く錆びて腐食している筈。少なくともこのように銅本来の色のままではありえません」
言われてみたら。骨董市で売られていた虫眼鏡は銅の光沢があって、使いこまれた先生の持ち物より小ぎれいに見えた。
「表面の錆を磨いて修復したとか?」
「長年の腐食が磨くだけでここまできれいになるとは思えませんが。僕の虫眼鏡も一生懸命手入れしてもぴかぴかにはなりませんし」
化学分野は専門外ですけどね、とことわりつつ先生が続ける。
「二つ目の違和感は、店主の行動です。害が無い事を君に示す為に『素手で虫眼鏡に触った』のでしょう。たとえ有害だろうと無害だろうと、骨董品を扱う側の人間が『素手』で触れるのは不自然なんですよ。人間の皮脂や汚れが付着して大切な売り物を劣化させてしまいますから。他の店の方々は皆手袋をしていたんじゃありませんか」
確かにそうだ。陶器人形のご婦人はきれいなレースの手袋を付けていたし、宝飾品のおじさんもシルクの真っ白な手袋を嵌めていた。終始素手で過ごしていたのは最後の『虫眼鏡』の店主くらいだ。
「はなから手袋など嵌める必要が無かったんですよ。その品物が、はじめから骨董品に見せかけた『つくりもの』だと分かっていたから。もしかすると、その店主自身が拵えた品かもしれませんね。それらしい『いわく』をつけて好事家に売りつける為に」
滔々と語るうちに、先生はすっかりいつもの様子に戻っているようだった。ほっとする。さっき一瞬見せた表情は一体何だったんだろう。
「あれ、でもおかしいな」
「何がですか」
「……『レプリカ』って普通は有名な美術品とか考古学の出土品とか、そういうのじゃないですか。オリジナルの品に何かしらの価値があるのが前提というか――滅びた村の『虫眼鏡』にそこまでする意味なんて……」
「――ところで七五三君」
よく通る声で、先生が遮ってくる。
「S県の地形をご存知ですか。もともとS県に有毒ガスを出すような活火山なんて存在しないのですよ」
「えっ、そうなんですか?」
スマホのマップを開いて、S県付近の上空からの地図をつぶさに確認する。確かに北部は険しい山岳地帯になっているものの目立った火山らしきものは見当たらない。悔しいが、事件の有無にばかり気をとられてしまって肝心な部分を調べ損ねていた。これでは前提からして覆ってしまう。
「あぁっ……灯台下暗しでした。流石は先生! なぁんだ、やっぱりあの詐欺店主に騙されたのか。せっかく大物の『なぞ』の予感がしたのになぁ」
「もう、十分ですよ」
なんだか煙に巻かれたようなもやっとした感覚が残りつつも、先生の手でまた一つ詐欺紛いの事案が明るみになったことに溜飲を下げる。
「あ。そういえば先生――もうひとつ思い出しました。例の店主が、最後に妙なこと言ってたんですよね。『この虫眼鏡と同じようなものを持っている人のことを詳しく教えてほしい』って」
あやしいので何も答えませんでしたけど、とぼくが首をかしげると先生は黙ってあちら側を向いたまま虫眼鏡が写し出されたぼくのスマホをぎゅっと握りしめていた。
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