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ぼくと先生が、八杉に連れられて実行委員会本部のあるイベント会場に行くと――そこには『ミスターミスコンテスト』と書かれた巨大な看板がかけられていた。思わず膝から崩れ落ちる。
「みすたーみすこんてすと?」
横文字にあまり強くない先生が、見たままを単調に読み上げる。
「いや、ちょっと待って。待って待って。ぼく出場するなんて一言も言ってないんだけど……これ去年のデジャヴか?」
実を言うと。
ぼくは去年の春、勝手に他薦されて五ツ橋大学のミスターコンテスト――つまりはミスコンの男性バージョンという世にも恐ろしげなイベントに無理矢理出場させられた経緯がある。八杉が、
「すまん、俺は必死に止めたんだぜ。ぜってーお前が嫌がると思ってさ。でも……他の学部生と、何より都九見先生の推薦でさ――」
と恐ろしいことを口にし始めた。
「いやいや。さすがに今回は出ないよ。もう勘弁してよ――しかもミスターじゃなくて『ミスターミス』になってるし……要するに女装だろ。普段の格好ならまだしも百七十八センチの女装なんて嫌な予感しかしないんだけど?」
ね、先生もそんなの見たくないですよね――と同意を求めて先生のほうを振り向くと、
「出ないんですか?」
とでも言いたげな、好奇心に満ちたきらきらした目でこちらを見ている。世俗にめっぽう疎い先生のことだ、こういうイベントごとを体験したことがあまり無いのかもしれない。これは出るしかないのか? 先生が純粋に楽しみにしてくれているのならご期待に添う以外の選択肢がぼくには見つからない。
「――変装も探偵助手の修行のうちだとおっしゃりたいんですよね。世の中には身長六フィートで見事老婆に化けた名探偵だっていらっしゃいますもんね。分かりました先生。ぼく、頑張ってきますから見届けていて下さいね。やり遂げたら――あとで沢山褒めてください!」
覚悟を決めて半ばやけくそで舞台袖の控室に飛び込むと、さっそく見覚えのあるメンバーの見慣れない姿が目に飛びこんできた。ぼくを見つけて軽やかに駆け寄ってきたのは、ベージュ色のゆるいセーターとミニスカートを着こなす笑いぼくろの愛らしい女子高生――ではなく、親友で同級生の二月 五夢。男だ。
「やっほー! 良かった、ミルミルもやっぱり出るんだね」
「うわぁ五夢……すっかり出来上がってるね」
「女装男子コンなら得意分野だから。今回はボクがいただいちゃうよ!」
マスカラを付け、カラーコンタクトを嵌めた大きくてうるうるした瞳で、ぱちんと音がしそうなウインクをして見せる。
五夢はいわゆる『ジェンダーレス男子』、つまりは中性的可愛い系男子として読者モデルをやりながらSNSで人気を博している名の知れたインフルエンサーなのだ。所属学科は違うけれど入学直後の去年、ぼくとミスターコンの決勝戦を争うことになったことがきっかけで、親睦が深まった。
身長百五十八センチで元々女顔である五夢は、メイクしてしまうとどう見ても女の子にしか見えない。声も高めのハニーボイスだ。本人はそれを逆手にとって普段はショートパンツやロングスカートなんかのユニセックスなおしゃれファッションに颯爽と身を包んでいる。髪型や目の色まで見かけるたびにころころ変わるので、服装や髪形に頓着しないぼくはそのマメさに感心しきりだ。
今日は肩まであるボブヘアーの内側をブリーチして、濃いラズベリーカラーを入れている。カツラや付け毛をしなくてもそのまま女の子として出演出来てしまいそうだ。
運営に用意された亜麻色のロングヘアーのカツラを被り、紺色のセーラー服におそるおそる袖を通す。スカートの丈がやや長めの膝丈だったことに幾分胸を撫で下ろす。膝下まである白のハイソックスを履き終えると――ぼくは無心を決め込み、二月の隣でおとなしく化粧を施されていた。
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