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「さあついに始まりました。皆さまお待ちかね、ミスターミス・コンテスト! 我が五ツ橋大学の誇る選りすぐりの美少年少女たちが一同に集結しました! さぁ順番にどうぞ――」
司会の生徒がマイクでコンテストの開催を告げて、盛り上げる。ぼくの黒歴史の頁を増やすことになるであろう恐ろしいコンテストの始まりだ。
選抜された出場者は、自薦か他薦か分からないけれど全部で五人。僕は三番目の登場らしい。大丈夫、どうってことないさ。ステージを無言で歩いた後、さっとはけるだけの簡単作業だ。
「エントリーナンバー三番。――皆さまご存知、昨年のミスターコン覇者。文学部民俗学科、都九見ゼミが送り出した日仏ハーフのナチュラル貴公子が今日は清楚系美人女学生に大・変・身! それではご登場ください――七五三千くん!」
既に観客席のどよめきが怖い。
吹奏楽部のファンファーレに合わせて、前の二人の動きを手本にしながら舞台に上がると、ぼくを見るなりちょっと大丈夫じゃなさそうな悲鳴が観客席のあちこちから上がった。
この外見や家のことで悪目立ちしてしまっているぼくは、思いのほか存在を知られてしまっているらしく、女の子たちのじたばた暴れる様子がなんだか恐ろしい。きゃあきゃあ騒ぐ声になるべく耳を傾けないように懸命に平常心を保ちながら先生の姿を探すと――なんということだろう。
最前列ど真ん中の関係者用特等席で、先生と都九見准教授が肩を並べて座っているのを見つけてしまった。しかも都九見さんはとびきりの笑顔でカメラを構えて待っているではないか。
(くそ、謀ったな、都九見め。)
ぼくは震える拳を押さえつけながら、先生が楽しみに見守ってくださってる手前、最大限に『清楚系女学生?』を演じきって見せた。
最後には、自他ともに認める可愛い系男子である五夢が短いスカートを翻しながら舞台に登場し、黄色い声援と野太い歓声を一身に浴びながらイベントを最大限に盛り上げた。
「ミスターミス・コンテストの優勝者は――エントリーナンバー五番の二月 五夢君! おめでとうございます!」
司会者が叫ぶと観客たちがワーッと湧き上がる。うん、納得の結果だ。
「今回はボクが優勝だね」と耳元で囁きながら五夢がぼくの肩を勢いよくばしんと叩く。
前から気になっていることだが、彼は華奢な見た目の割にやたらと腕力が強いのだ。じわじわ痛む右肩を庇いながら早々に制服を脱いでしまおうと舞台袖に避難しかけたところで、
「まだだよミルー。『いつむ~みん★』とミルのワンツーフィニッシュを記念して公開処刑自撮り大会、はっじまるよー♪ そーれSNSアーップ!」
「ひいっ、待って!」
自撮り棒を構えた屈強な美少女が、か弱いぼくに襲いかかってきた。即座に彼のファンと思しきギャラリーがファンサービスの類と勘違いしてぼくらを一気に取り囲む。五夢が半ば強制的に自撮りアプリで女学生二人の写真を撮影していく。
「ミルと写ると盛れるし数字伸びるんだよねー」という理由で彼のSNSに時折友達として登場することはあったけど、こんな恥ずかしい姿を全世界に拡散されるなんて冗談じゃない。
「おーい、七五三君~♪」
こっちも群がる女子たちを引き連れながら、都九見准教授が観客席からひらひら手を振ってくる。ああもう、カオスな状況になってきた。
「あっツグセン! また嵌めましたね!? この鬼! 悪魔! ペテン師!」
「ははっ、ヒト聞きが悪いなぁ。出場したおかげで準優勝出来たじゃないか、七五三君。おめでとう。やっぱり推薦した私の美女ビジョンに狂い無し! 優勝した二月君もキュートだけど、すらりとした正統派美女もたまらないねぇ。皆にお披露目出来て良かったよ。さぁさぁオニーサンとも記念写真を撮ろうじゃないか♪」
と、にやついた顔でぼくの肩を抱き寄せてスマートフォンを向ける。ツグセンは百七十八センチのぼくよりさらに数センチ高身長なので、女装のぼくと並んでも違和感なく見えるのが大分嫌だ。
「ねぇ、七十刈先生は? さっき横にいらっしゃったでしょう」
「おや。そういえば――つい今しがたまで一緒だったんだけどねぇ。どこかに落っことしてきたかな?」
渋々ツグセンとも記念撮影しながら先生の姿を探す。間もなく、後ろのほうでギャラリーの人混みに巻き込まれて、あうあうともがいている黒づくめの塊を発見した。
「ふぅ……えらい目に遭いました」
「すみません。人が多くてすぐに助けに行けなくて」
慌てて先生を救助しに行くと、よたよたしながらも機嫌はそんなに悪くなさそうに見えた。ぼくのセーラー服の端のほうを珍しげにちょいちょいと掴みながら頬をゆるめている。
「――いいえ。なかなか面白かったですよ、七五三君」
「あっはっは。ごめんねぇ万世君。私ったら人気者で囲まれちゃってねぇ」
「都九見さんうるさい」
「都九見さんうるさいです」
と悪びれもせず自慢話と共に間に割り込んできた都九見さんの意外と硬い両脇腹に、ぼくたちは同時に肘鉄を喰らわせたのだった。
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