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「さて。継ぐミステリー。
ここ『五ツ橋』の由来に参りましょうか」
准教授の滔々とした語りは止まらない。
「水が氾濫した後には治水事業が必要不可欠です。水浸しになった土地をどうにかしなくてはいけない。橋をたくさん架けたのかな。それとも堤防や遊水地を作ったのかな。でも不思議な事に数多町に現存する橋はひとつも残っていません。堤防や遊水地も。土台ぐらいは出てもいいはずなのに。そういうものが造られたことを示す遺跡や資料も現状出てはいません。
――これって、いかにも奇妙ですよね。
橋の無いこの数多町で、『一ツ橋』から『五ツ橋』という五つの地名だけがしっかりと残っているんです」
スクリーンの地図上に『一ツ橋』『二ツ橋』『三ツ橋』『四ツ橋』『五ツ橋』の場所が赤い星として示される。五ツ橋以外は知らなかったけれど町全体に地名が点在しているらしい。
「ここでさっきのヤマタノオロチ伝説を紐解いてみましょう。アシナヅチ、テナヅチ夫妻の八人の娘が毎年一人ずつ大蛇に生贄として捧げられていたとあります。神話の中にある程度の水準で真実が織り込まれているとしたらこれはもう――ねぇ、万世君?」
指名された先生が、唇に人差し指を当てる仕草をする。
「人身御供、でしょうね。
古代の日本では天災は『神』の怒りと考えられていました。怒りを鎮めるために集落の人間を犠牲として捧げることが対処法として一般的とされてきたのですよ。それを示すように、殉葬や人柱の伝説が全国に残っています――遥か古代から、ごく近代のものまで」
「その通り。アマタノオロチによる水害に苦しんだ雨多の集落で、公然と生贄の術式が行われたんだろうね。どういうやり方かは分からないけれど、五人の生贄が選ばれて定められた場所で人柱になったのさ。土地全体を利用した大がかりな呪詛だね。生贄の力を持って自然を制しようとしたわけだ。おそらく――やがて水は引き、集落には平穏が戻ったんだろう。柱を――すなわち五本の箸を打ち込んだ土地に、目印として名を残した。
一ツ箸。二ツ箸。三ツ箸。四ツ箸。五ツ箸。
転じて一ツ橋。二ツ橋。三ツ橋。四ツ橋。五ツ橋とね」
会場は異様な雰囲気に包まれて、静まり返っている。ぼくも含め、誰しもが息を呑んで准教授の語りに引き込まれていた。
「そして――忌まわしい儀式の存在を隠蔽するかのように後々川を埋め立てて、その上からきれいに区画整理された町を作り上げた。だから分かりやすい碁盤の目状の町になっている。今となってはもう一部の地名に名残が残っているだけですが――
彼らはまだこの町に眠っている。そうだね?」
視線を先生へ向ける。先生は何かを探り取るように目を閉じた。じっと目を閉じている先生も趣深くて、つい見惚れる。
「――ここの地下深く、力あるものが埋まっている気配がします。今は鎮まっているようですが」
「ふふ、どうも――『七十刈』先生。
というわけです。我々がいるここ五ツ橋の遥か下には、忘れられた哀しい人柱が今なお眠っている。勿論一ツ橋から四ツ橋の下にもね。神の怒りを鎮める程の強力な封印だ。無理矢理に地面をほじくり返したりすると、ウッカリ祟られてしまうかもしれないね?」
都九見さんが一瞬観客席中央に目を落とし、ニヤリと形の整った唇の端を吊り上げた。思わずぞくりとするような鮮やかな微笑み。
「――というわけで、五ツ橋の現在進行形ミステリーでした!
ここでお話したことは今はまだ仮説の域を出ませんが、これからも研究を深めていく予定です。普段何気なく目にしている地名一つとっても、壮大なドラマが隠されていて中々興味深いですね。皆さんもご自身のお名前や、お住まいの地名の由来を調べてみたら意外な発見があるかもしれませんよ。少し世界の見方が変わりましたか?
さぁ。今夜のツグミステリーナイトはここまで。
長らくお付き合い頂きありがとうございました。興味をもった方はまた次回、この五ツ橋の地でお会いしましょう。それでは」
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