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「うう、先生ぇぇ……! おつかれさまでした! ゲストで出るなら出ると言ってくださったら良かったのに!」
ミステリーナイトが終わるやいなや、ぼくは控室に駆け込み、パイプ椅子に腰かけた七十刈先生の膝元に縋り付いていた。
「――僕の個人的な用事なので、伝えるほどでもないかと」
「伝えて下さいよ! ミステリーナイトはぼくだってお手伝いしてましたし、何より――ぼくは先生の助手兼お世話係なんですよ? 先生のことだったら何だって知っておきたいのに……」
「はあ」
少し困ったような顔で、先生はぼくの腕で身動きがとれないまま、上半身を右往左往させている。間もなく都九見さんが軽やかなノック音と共に部屋にやってきた。
「ん、お邪魔だったかい? 万世君、七五三君、おつかれさま。今日はツグミステリーナイトにご協力有難う♪」
「あっツグセン! ひどいじゃないですかさっきの写真!」
先程の惨状を思い出す。まさか自分の女装写真を大衆の目の前で晒されるなんて思わなかった。責任問題だ。
「あっはっは。美人の教え子を見せびらかしたくてねぇ。その分、埋め合わせはするつもりだよ。何でもいいから言ってごらん」
「言いましたね!?」
にやつくツグセンの腕を掴んでずるずる部屋の隅に引っ張っていくと、ぼくは小声で耳打ちをした。
「じゃあ――」
「もう少し声を絞っても平気。私けっこう地獄耳だから」
「埋め合わせはいいので、ひとつ、聞きたいんですけど。
……七十刈先生とは、一体どういうお知り合いなんですか?」
消音すれすれの囁き声でおそるおそる尋ねる。こんな機会でもなければ問い質すことが難しい。きっと古い知り合いなんだろうけど。それだけじゃない不思議な空気感があってぼくはなんだか落ち着かないのだ。
「それは――」
准教授が横目で先生を見やる。先生は野生の小動物のように、鋭い眼光でちらちらとぼくたちの動向を窺っている。
「ふむ。万世君から何も聞いていないのかい。だったら、私から話せることは無いなあ。彼はほら、秘密主義なところがあるからねぇ」
満足する回答が得られず、少し複雑な気持ちになる。
「むぅ。何でもじゃないじゃないですか」
ぼくがむくれていると、准教授が宥めるように頭をなでてきた。
「その代わりと言ってはなんだけど――こういうのはどうだろう。呪詛学周辺について、時々個人授業をしてあげよう。素敵な響きじゃないかい、個人授業。みんなの憧れ都九見准教授と、放課後一対一でね。君だって、色々知りたいだろう?」
「う……それなら」
取引成立だ。
先生の助手として。そして自分自身の為にも――もっと学びたいこと、知っておきたいことが沢山ある。
「お話はもう済みましたか」
視線を落とすと、先生がすぐ傍でぼくたちのことを見上げていた。特に都九見さんに対してやたらと警戒心剥き出しな表情で睨みつけている。
「やだなぁ万世君。そんな怖い顔しないでったら。君の可愛い助手にちょっかいなんてかけてないから安心しておくれよ。それより――無事に『目的』を果たしてくれて、どうも有難う。お陰で助かったよ」
准教授がちょっと屈んで先生と目線を合わせた。
ん、『目的』?
トークショー自体が目的じゃなかったのか?
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