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「別に都九見さんに協力したわけでは。本当のことを述べたまでです。――今回は、こちらにも利がありましたので」
「彼らの表情を見ただろう? 効果覿面だねぇ。すっかりおびえて逃げ腰になっていたよ。これで馬鹿馬鹿しいプロジェクトもしばらくは立ち消えてくれることだろうね」
ぼくだけが置いてけぼりにされている。
「待って! ちょっと待ってくださいよ! 先生も、都九見さんも。一体あのトークショーで何をしたって言うんですか」
「いやぁ――七五三君は知りたがりだねぇ。勤勉で何より。
単純なことさ。あのスポンサー席にいたのは全員、数多町で都市開発計画を目論んでいるデベロッパー企業のお偉いさんでね。だから今回特別に、ここがどういう町なのか『ご紹介』しようと『ご招待』したのさ。連中、オジサンの薀蓄になんて興味ないだろうから、アイドルも特別ゲストで来ると伝えたら二つ返事でやって来てくれてねぇ。いやぁ、可愛いは正義!」
本心なのか本心じゃないのか、もはや判断がつかない。
「建築業界の人なら、日本各地にあるいわくつきの土地や建造物、自然物の話はよく知ってるはずだしね。本殿を建て替えようとしたら立て続けに大工が亡くなった神社とか、伐採しようとした業者の人が相次いで事故死した森とか、とかくそういう話題には敏感だ。いくら儲かっても死んでしまっては意味が無い。誰だって命は惜しいから必死に情報収集しているのさ。
だからこそ。十二分に伝わったし業界に広めてくれる筈だよ。
数多町は――手を出してはいけない『呪われた地』だと」
先刻の、都九見准教授の言葉を思い出す。
――言葉や印象操作による思い込みこそが『呪い』の原点。
この人は、すべて分かっていて、ミステリーナイトの聴衆たちの心に、ちょっとした『呪』を突き刺したのだ。
「招待客を変に脅かして後々揉め事になりませんか」
「間違った事は何も言っていないし、あの場では誰も伝説の中身を肯定も否定も出来ないから、文句の言いようがないのさ。ただひとり――正統な呪力で真実を見透かすことが出来る万世君以外はね。
ご心配なく。スポンサーなら『数娘』ちゃんたちのサイン色紙をプレゼントしたら、来た甲斐があったとご機嫌で帰ってくれたよ。彼らにとってはその程度のものさ。数多町のことは忘れて、すぐにまたどこか別の候補地を見つけるだろう」
そこまで考えて、仕組まれていたなんて。
准教授の完璧なひとでなしスマイルに、末恐ろしいものを覚える。穏やかな物腰の奥に一体この人はどれだけのものを隠し持っているんだろう。
「数多町には、まだまだ沢山の神秘やなぞが眠っている。
始まりは水浸しの『雨多』だったかもしれないけど、実は明治時代に何某かが莫大な財宝を隠したから『数多』の字をあてたんだって噂もあるんだよねぇ。伝説と現実の境目がここにはある。こんなに愛おしくて面白い研究対象を、こちらの道理をわきまえない連中に無遠慮に弄り回されたら惜しいじゃないか? ねぇ」
准教授の無邪気な邪気に当てられてしまったぼくは、助けを求めるように七十刈先生のほうを見やる。
ついさっき、先生にも『利』があるのだと発言されていた。どうして先生はこんな大勢が集まるイベントに出場したんだろうか。都九見さんの企みに力を貸したんだろうか。本当に出てしまってよかったんだろうか。数多町が開発されたら迷宮通の探偵舎が取り壊されるから? それとももっと何か別の――。
先生のことが、ますますよく分からない。
先生は唇に人差し指を当ててひたすらに難解な『思考』を巡らせているらしかった。ここではない――遠い場所を見据えるような瞳で。
その夜。SNSフォロワー一万人超えの『いつむ~みん★』――こと、五夢の投稿した「ミルと女子高生満喫★」という写真がバズってしまい大変な目にあったのは、また別の話。
数多町七十刈探偵舎
第四話『いつつばし』 終
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