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そんな感じで嘘の情報をリストアップしていったら、万世先生の狙い通り、積極的に悪質な噂を流している固定アカウントが浮かび上がってきた。
特にひどいのが『のりまき@2441544MM』と『鷹の爪@9554128ZR』という二名の人物だ。圧倒的な呟きの量で周囲の人達まで巻き込んで大いに噂を拡散させまくっている。
「うーん。ハンドルネームとIDくらいしか分かりませんね」
「FIVESは実名派とハンネ派が半々くらいだからねー。タイムラインの情報と人間関係辿っていったら運よく個人特定出来る場合もあるけど、時間と労力は相当かかるよね」
ネットストーカーでよくある手口だ。背景の空模様や瞳に映った景色から居場所を割り出すことさえ出来ると言う。万世先生の鋭い観察眼なら手がかりさえあれば可能ではありそうだけど。
「ねぇねぇツグセン、先生特典でこれ誰なのかぱぱっと分かんないの?」
「システム管理は外部委託だし、私も利用ユーザーのひとりに過ぎないからねぇ。そこまで閲覧する権限は持ってないさ」
肩を竦める都九見さん。それもそうか。
ぼくが『のりまき@2441544MM』と『鷹の爪@9554128ZR』なるアカウントのタイムラインを浚おうと心を固めかけたその時、万世先生がちょいちょいとぼくの二の腕をつついてきた。
「七五三君。君の学生証を見せてくれませんか」
「え、ぼくのですか。構いませんが」
ナップサックの中から、ICチップが埋め込まれた学生証カードを取り出す。ぼくが五ツ橋大学の学生であると証明するものだ。左側に顔写真、右側には学部、学年、学籍番号――ぼくの場合は『LT7531000』が印刷されている。授業の出席確認、施設の利用、購買部や食堂の支払いなど、在学中の全てがこのカード一枚で管理されているのだ。
「先生。これが何か」
「――逆さまに並べ替えて六字ずらし」
「え。何がですか?」
「あいでぃーですよ。君の学籍番号は『LT7531000』。さっき見せてもらった君のあかうんとでは「@6667913ZR」だったでしょう。学籍番号を逆に並べてアルファベットを六文字ずらせばFIVESのあいでぃーになっているはずです」
まさか。指摘された通り、自分の学籍番号を並べ替えてみる。合致した。試しに五夢の学籍番号とIDでも試す。ぴったりだ。
「ほんとだすっげ! ボクのもそうなってる。どうしてすぐに分かんの?」
「……? 見れば分かりますよ」
逆に、紐解いてみせた先生のほうが首を傾げている。
「ふふ。暗号化された文字列から元の情報を復元するには、鍵となる法則性を探し出せばいい。機密、暗号通信、秘匿されし書簡――永い永い歴史の中で人間たちはそうやって秘密を隠し合い暴き合いしてきたからねぇ。万世君は暗号の類に慣れているからこの程度の簡単なものなら瞬時に法則性を導き出せてしまうんだよ。理屈じゃないのさ」
「さすがは先生……!」
「別に、特別なことはしていません」
当たり前のことのように淡々と告げる。先生はいつも暇さえあれば難しそうな暗号を解いて、解いて、解きまくった末にぐったりとお腹を空かせて倒れている。あれは先生の日常動作なんだろう。でも一体いつからそんなことを? 先生にとってどの水準からが『特別なこと』なんだろう。
「学籍番号が特定できれば生徒と紐付けが出来ますね」
「でもさ。学籍番号のリストって最近公開されてないよね」
業者に悪用されるとかで外部には出さなくなっていたはずだ。再び頭を抱えたぼくたちの間を抜けて、万世先生が准教授のもとへタタタと駆け寄った。よく磨かれた机に両手を突いて、乗り上げる。
「都九見さん。貴方なら職権で学籍番号の閲覧、出来ますよね。出席や論文提出の管理などで必要なはずです」
「おや万世君。私にお願い事なんて珍しいね」
革張りの椅子に身を沈め、ぬるくなったコーヒーを啜りながら准教授が肩を竦めた。
「――先程『責任感じるなぁ』とおっしゃったでしょう。貴方にも七五三君をあらぬ噂に巻き込んだ責任の一端があるんですから、四の五の言わずに手を貸してください」
「おや、一も二も言わせてもらえなさそうだねぇ。うるわしき師弟愛にでも目覚めたのかな?」
「七五三君は探偵舎の大切な一員ですから。妙なことに巻き込まれて働きが落ちては困ります」
大切な一員。大切な一員。大切な一員。
先生の有難いお言葉を何度も何度も脳内で反芻する。
舞い上がっているぼくをよそに、准教授はしらっとした面差しで、
「まぁいいさ。外部公開されていないだけで、機密情報ではないからね。調べてあげるよ」
と、職員用のパソコン端末をぽちぽちといじり出したのだった。
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